人と芸術と魂と

アーティストをたずねて ほか

文学研究者Aさんの告白(3)

耐えることを教えてくれるのが芸術 自分ケアの方法を見つける

夫の死から1年以上が経過し、生きのびるという行為にどうにかなれてきたといえ、やはり今も生きるだけで精一杯だ。日常の忙しさに流されそうなときには、村上さんの「温かい土」のことを考える。死の迎え入れ方、受けとめ方を象徴しているこの作品を思うとこころが落ちつく。自分の本来のあり方がどのようなものであるかを、この作品がその都度思い出させてくれるからだ。

 

喪失の苦しみに耐える方法は人それぞれであり、正解はない。自分の資質やこれまでの生の歴史を総動員して自身をケアする方法を編みださなければならない。

 

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(c)CBD Tarot de Marseille by Dr.YoavBenDov, http://www.cbdtarot.com

 

Aさんは芸術作品のほか、占い師、心理ケアの専門家の力もかりて自分を立て直すことを試みていた。その過程で、悲しむべきときには悲しむことが大事だと痛感した。「時間が解決するというのは、半分本当で半分ウソだと思う」と彼女は言う。ムリに前向きになって喪失を「乗りこえ」ようとしたり悲しむ心にフタをしたりした結果、何年も経ってから、ケアされないままの喪失の悲しみがこころを破壊してしまうこともありうる。だからこそ、喪失を生に組み込む喪の作業を軽んじてはならない。

 

「親や友人や仲間が見守ってくれていたとしても、孤独感や喪失感は最終的には自分で引き受けていくしかない。それでもやはり、同じような境遇のひとに、あなたはひとりきりじゃないと伝えたい。あなたと共に喪失の苦しみに耐えてくれるものは、きっと存在する。それは絵画かもしれないし、彫像かもしれないし、小説かもしれないし、詩かもしれない。いずれにせよ、あなたの喪失を支えてくれるものに、どうかあなたが巡りあうことができますように」

 

自分自身の生を編み直す作業を通じて、Aさんは今、生きること自体が一種の創作であることを実感している。私たちは、自身に固有の生を、自らの手で創出する技術を学ぶ必要がある。そのとき、古今の芸術家たちの活動は、そうした学びのための、有力な参照先となってくれるだろう。


<後記>
Aさんは真に知的な人である。そういう人は知っているのだ、しなやかにしぶとく強く生きる方法を。Aさんと別れて電車に乗ったあと途中下車して、家まで歩いて帰った。とても心にのこる舞台や展覧会やらを見たあとと同じようにひとりで道をぐんぐん歩きたくなった。家についてスマホの万歩計をみると1万2348歩だった。