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インタビュー09:藍染で提示する100年後の海の青 ジョージ・スタマタキスさん インタビュー

コロナ禍で揺れた2020年の年末近くに、ビジュアルアーティスト/画家のジョージ・スタマタキスさんの個展「現象の色」がすみだ北斎美術館(東京・墨田区)で開催された。

ギリシャ・クレタ島生まれのジョージさん。地球温暖化や海洋汚染の影響で100年後には海がより深い青色に変化していくという科学者グループの研究結果に危機感を覚え、地中海で撮影した水中写真を絹にプリントして藍染した未来の海のインスタレーション作品。

横一列に海の断片が6枚、それが手前から奥へと10列連なる。送風機からの風で光沢のある滑らかなゆらゆらと揺れるなか、潜むように進み海の変化を感じとっていくのはなかなか繊細な体験だった。

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©︎Yurina Era

現代美術作家・大巻伸嗣氏のポエティックな布と空間の使い方に憧れて、東京藝大の彫刻科に留学中、日本の伝統技法に魅せられたジョージさん。本来であれば、オリンピック・パラリンピック関連文化プログラムTokyo Tokyo Festivalの一環として、墨田区にある江戸時代からの伝統的な藍染工房で滞在制作する予定だった。

新型コロナウイルスの世界的流行によって一時来日を諦め、アテネでの制作を経て時期を待ちなんとか無事開催にこぎつける。そこへふらっと訪れ、ジョージさんや演出家の坂田ゆかりさんとお話したことがきっかけとなって、インタビューさせていただくことに。翻訳家の渡辺真帆さんの通訳のもと、今回の制作秘話をはじめ、大学卒業後に美術学校に入りアーティストになった彼の想いについてもうかがった。


色の変化が主題 絹布のキャンバスに藍の色をのせて

―ギリシャの島周辺で2016年から海中写真を撮りはじめたそうですが

「7つの島」と呼ばれるエリアの海には、あらゆる色彩があるのでそこで撮りました。だいたい5~7mくらいの水深でしょうか。新しい色、新たなフレームを増やしていく感覚で6千枚撮りためて、そこからこのプロジェクトをつくっていきました。もともと環境、ランドスケープ、風景、未来に関心があって環境の記録を整理・体系化していきたくて。初めの頃はNASA関連の火星プロジェクトの作品をつくったりしていました。

一般にヨーロッパで環境に対するステートメントがあるアートは多くつくられているので、日本にそうしたものが足りないと思ってまず日本で初公開しました。今後も日本に関わりながら作品をつくっていきたいという思いもあります。

 

―作品はどのような設定ですか

四角い海の配置で、手前を現在とした時間軸で奥に入っていくほど藍の色相がどんどん濃くなっていきます。インスタレーションの心臓部、中心部が一番ダメージを受けている海の状態。藍による汚染が一番激しい布ですね。プリントした画像はほとんど潰れてしまっています。

染料の説明書きによると1回に浸す標準的な時間は10分間。伝統的な藍染では4回から7回の染色を繰り返していくことにより色を出していくそうです。私は藍染液につける回数を1回にする代わりに浸す時間を調節することでいろんな色相を出しました。たとえば中心部の一枚は一晩浸しています。

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©︎Yurina Era

風を送る場所は6カ所あって、素材がシルクなので風にたなびくことで液体のように見えたり、そうした動きによって青の見え方も変わってきます。ただ実際見る人にとって、現在と未来の比較における色の変化というのはわかりやすいものではありません。まず体感してもらう。それから藍染する前の海中写真のカタログと見比べるとわかるようになっています。

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©︎Yurina Era

これから百年後に起こるといわれることの縮図なので、具体的に何年後というタイムフレームでつくっているわけではありません。汚染の問題はゆっくり進行していくことなのでそれを認識する必要があるし、衛星写真をみると明らかに色が変わってきています。海の水位があがり、漁や遊泳禁止の場所が増えてきてすでにその影響は見られています。


―転写した絹を藍染するアイデアはどこから

なぜシルクと藍が一緒に使われないのか?日本の伝統的な素材や技法に興味があるアーティストとして気になっていました。2つの素材を使うことは挑戦で、写真をプリントしたシルクを藍染するのは伝統的な方法では難しかったのでそのためにいろんな工夫をしました。

今回使っているのは徳島産のすくも藍で藍染液の配合を変えています。自分が欲しい色を出すために浸す時間はどのくらいがいいのか、7月から9月にかけて段階的にテストを行いました。シルクの生地についても12種類からベストの薄さのものを選んでいるんですよ。

日本では蓮の繊維で編まれた新しいシルクのブランドがありますけど、自分も新しいシルクの使い方、新しい藍の染め方を開発したくて。祖母が布仕事をしていたので、布は小さい頃から身近でありふれた素材ではありました。ただ作品に布を使ったり染物をしたりするのは今回が初めてです。

藍は近年のアート・ファッション業界で結構注目されて使われている色です。自分自身は2010年からペインティングで藍を使いはじめました。世界の至るところに藍がありますけど私にとって最適なのは日本の藍。2014年の「ドクメンタ」でアブバカラという作家が藍を使っていて、その源流をたどると葛飾北斎に答えがありました。それで日本の藍だなとなったわけです。

もともと暗い色が好きで、北斎のロイヤルインディゴブルーはセンシティブかつ強いし、黒よりある意味暗くて残酷でディープな色だと思っています。


―当初の予定からアテネでひとり藍染することになりましたが

そのせいで指を失いかけました…。おそらく感染が原因だと思いますが爪が一個なくなってしまいました。(右手人差し指の爪跡がボロボロ)素手で作業をしていることがあったので。真っ青でした。本当だったら墨田区の工房でもっと大きいスケールで、目でみて学ぶことができたはずですけど、藍染の方法自体は学んでいるのでひとりでも出来ました。

 

―お気に入りの一枚は?

強いていうのであれば、これ。私の風景画をよく見ているとわかるのですが、そこにある色はインディゴブルーと灰色。その2つがここにはあります。泡は雲のようにも見えるし、岩は山のようにも見えます。私も北斎も山や海をよく描くわけですけど、両方入っているイメージですよね。

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©︎Yurina Era

 ―2019年の日本初個展「木の庭」(ギャラリィK 銀座)では水墨を使って絵を描かれていますね

来日して群馬県の山間の村と廃校をテーマにしたアートプロジェクトをやったことがきっかけで、墨を使うようになりました。私は風景画といってもスケッチなどはしないで、自分の記憶や想像をもとに描いています。

頭のなかにあるイメージをすぐ可視化することを自分ではノートと呼んでいるのですけど、群馬県での心象風景を忘れないうちに早くノートしたかった。校舎だったり窓だったり、仲間と一緒に泊まっていた場所だったり。その時に墨を使おうということで使ってみたら的確に素早く表現できたのです。

急いで描いて展示になりました。墨は空気感のあるタッチで自分の表現にあう素材ですね。日本での個展の後、アテネのイレアナ・トゥンタ現代美術センターのギャラリーでも彫刻と一緒に展示されました。

もともと未来志向なので、ロボティクスなど日本のハイテク技術に関心がありました。それが来日していろいろな方にお会いして群馬県の村に行かせてもらい、多くの時間を共有させてもらった経験が個人的には大きかった。ハイテクより伝統や生活への関心が勝るようになったというわけです(笑)


―ジョージさんは大学卒業後に美術学校に行かれていますが

21歳まで格闘技に熱中していて大学ではマーケティングを専攻していました。それから26歳までジャーナリズムの勉強、その頃はアーチェリーもしていたので、アスリートとしての一面もありましたね。

27歳からは兵役があってその4年間でウツ状態になってしまいました。兵役が終わって死ぬか、好きなことをするかとなったときに、好きなことをやろうと。ある朝起きて「自分は何がしたいんだ?」と思ったら「本当にやりたいことはアート」だと気づいて、アートの道に進むことしました。


―今後の活動については

私たちは皆同じ地球をシェアしている人間です。アーティストとして、地球に起こるカタストロフィーや生態系について責任をもって語っていきたいですね。ただ私はアクティビストではないので、あくまで作品を通じてです。今回の作品についてももっと大きなスケールで発表したいと思っています。

今はアーティスト活動のほかに、(アテネ産業経済大学で)「芸術と教育」プログラムの研究員をしています。5年ほどになりますね。自分の大学時代には誰もアートを教えてくれなかったという経験があるので、同じような思いを持つ人の役にもたてますしやりがいがあります。

次の世代をつくっていくこともアーティストの大きな責任です。自分だけが素晴らしいキャリアを築くのではなく、これまで学びえたものを含めていろいろなことを伝えていけたら。1年の半分を学生たちのために、半分を自分の制作のために使っています。うん、いいバランスですね(笑)

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取材当日、数回に渡ってパフォーマンスが行われた。関係者一同。
左から阿部崇子、田中教順、坂田ゆかり、ジョージ・スタマタキス、渡辺真帆(敬称略)
©︎Yurina Era

 

ジョージ・スタマタキス プロフィール

1979年ギリシャ・クレタ島生まれ、アテネ在住。イレアナ・トゥンタ現代美術センター所属。空間を超越し、風景の概念を拡張する芸術体験を志向。政治的立場として自然と対話し、さまざまな文化の歴史的刻印を取り入れながら、徹底性と独特の表現法を追求する。アテネ美術学校在学中に東京藝術大学彫刻科へ留学。2016年よりアテネ産業経済大学「芸術と教育」プログラムの研究員を務める。