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アーティストをたずねて ほか

インタビュー05:日本画家・磯﨑菜那さん 生きものを愛する画家が描く、見る人を幸せにさせる絵の世界

絵本作家・画家の高橋祐次さんからのご紹介で、今回は磯﨑菜那さんがご家族と暮らす自宅を訪ねた。玄関入ってすぐの壁に飾られていたのは、植物の手入れをするお母さんが描かれた縦長の絵。階段をあがっていく途中には、今は亡きペットの額入り写真が大小いくつか、おしゃれなレイアウトで飾られている。犬をはじめとした動物やセーラー服の少女などをモチーフにあたたかな絵を描く作家の家にふさわしい、あたたかい雰囲気に満ちた家である。

磯﨑さんの、岩絵具の美しい発色を活かしたメルヘン世界はみずみずしく、特に動物はおどろくほど神聖だ。それはなぜなのか?秋の展示にむけて制作に励んでいるなか、お話をうかがった。

 

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―人が大型犬をぎゅっと抱きしめている絵、見ている方も幸せな感覚になります。あの、大下図の紙がつぎはぎされているのが気になったのですが…

小下図で構想を練って大体の感じを掴めたらどんどん描いていくので、描いているうちに幅がちょっと足りなくなったときには紙を切ったり貼ったりして。最初にすべてを緻密に決めて描くのに比べて効率は悪くても、自分のイメージにより近いものができるんですよね。最初とイメージが違ってしまった場合も、その方がよかったということもありますし。感覚を大切にして後から修正していくやり方のほうが、自分のなかですっきり進められます。


―東京藝大の日本画専攻にはなんと現役で入られています

高校時代に通った予備校の先生に恵まれたおかげですね。(現役組は)私の学年では2人いて、もうひとりは同じ科の古谷野雄紀です。彼は学生時代から今の画風に近い感じで絵を描いている人です。私自身は日本画専攻に決めるまで、高校生のときに1年くらい迷いました。もともと浮世絵ややまと絵が好きだったので、図書館や美術館で画集を見て親しんでいて。ただ日本画に触れる機会がなかったので実際の手法などはわからず、好奇心を刺激されたところも大きかったと思います。

 

―今の画風になるまでにはどういう変遷があったのですか

大学時代は日本画の技術を学ぶ期間なので、自分の趣向をどう打ち出したらいいのか、常に迷いがありました。絵画的にどうなのか、そういうことをごちゃごちゃ考えて結局変な絵になってしまうとか。自分の思ったまま素直に描くということができなかったんですね。

卒業制作で今後の方向性を考えたときに、幼少のころからゆるりとしたかわいいものを描くのが好きだったなと。絵本作家のいわさきちひろさんのような、色や形、配置も自由なのびのびした雰囲気で、自分が好きと思えるものをつくりたいなと。それで少しずつ、「こうしなきゃいけない」という思いこみを外していこうと考えはじめました。

好きな絵を描くようになったのは、卒業した年の秋にあった八犬堂ギャラリーの「見参」(※次世代アーティストを支援するプロジェクト)からです。それまではずっと導いてくれる人がいたので、初めてひとりになって少し怖さもありました。

私が好きなものを同じように好きだと思ってくれる人がいるかもわからないけど、とにかく描いていこう。そう決めて初めて出展した絵が売約済みになったときは、これでよかったんだとホッとして。セーラー服を着た少女たちが折り紙を折っている古風な雰囲気の絵で。この頃からボートに乗っている絵も描きはじめました。

 

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「ふしぎな舟旅」


―近所にボート池で有名な石神井公園がありますもんね

そうですね。子どもの頃から慣れ親しんでいて、今もよくリフレッシュするために散歩します。植物がたくさんあって、いろんな花が咲いていて、池や川には白鷺やカワセミ、鴨類とか鳥も多いんです。


―セーラー服の少女のモチーフはご自分の経験からですか

中高一貫の女子校に通っていました。多感な中高のときに見たものが、自分のなかからずっと離れない感じがあります。今描いている女性や少女というのは、あの頃の自分やまわりの友だちの姿で思い浮かんできて。だから友だちが絵を見にくると、「〇〇ちゃんに似ている」「〇〇ちゃんだね」と言われます。自分としては特定の誰かを描いているつもりはなくても、髪型や背格好でそう見えるみたいですね。

当時は合唱部に所属していて、コンクールをめざして放課後は毎日練習。朝から晩まで仲間といっしょの濃い時間を過ごしていたので、その子たちが自分のなかに今もずっといるんでしょうね。自分たちで歌っていて泣いちゃうこともあったりして、合唱曲の詩の世界、美しい和音の世界に影響を受けた部分はあるかもしれないです。私は、NHK合唱コンクールの課題曲にもなった「虹」(作詞・作曲 森山直太朗 御徒町凧)、「信じる」(作詞・谷川俊太郎/作曲・松下耕)が好きでしたね。

 

―「夏休みまだかな」は、地球上の生きとし生けるものへの愛があふれた作品です

 

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「夏休みまだかな」

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卒業制作「お気に入りで満たされる」

これはシロイルカと女子学生を描いた卒業制作から発展した感じで描いたものですね。卒制は最後だからとわりと好きにやって。海の大きな生きものとたわむれているイメージがわいてきて、昔みたジブリ作品の「「崖の上のポニョ」を見直したりして固めていった感じです。同じ中高に通った従姉妹を家に呼んで、いろいろポーズをとってもらいました。この辺りの作品はスケッチブックに残っていますね(といって見せてくれる)

 

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―デッサンから着彩したものまでたくさんありますね。あれ?ストーリーが書いてある絵が…

絵本をやってみようかなとチャレンジしたことがあって。話を組みたてるのが結構むずかしいんですよね。それで今は棚上げしましたけど(笑)いつかはやってみたいと思っています。私の絵を見ていただいた方からは、「物語を感じる」をおっしゃっていただくことが多くて。きっと自分のなかにそういった物語が存在していると思うのですけど、まだうまくひとつにまとめられないのかもしれません。


―「姫と鳥」という作品は、天使風の神聖な世界をつくりあげていますね

 

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「姫と鳥」

小学生のときに「生きもの係」で、ニワトリや白い鳩の世話をしていたのでなじみがあるんです。そんな経験から生まれている絵ですね。


―生きものとふれあって豊かな感性を育まれてきたのですね。絵を描くことも好きでしたか

好きでしたね。母から聞いた話だと2~3歳の頃、引っ越しのダンボールに猿の絵を描いていたそうです。子どものころのスケッチブックが残っていて(といって見せてくれる)、アニメのポケモン、セーラムーンや、週1でいろんな動物園に行っていたので動物が多いですね。動物が好きだったんです。父が花を買ってきて私がそれを描いて母が額装することもありました。

 

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5歳のときに描いた絵たち


―画家を目指すようになったのは

伯母が武蔵美のデザイン科を出ていて、美術に関わる職業があるということを教えてもらったのがきっかけですね。短期で開いていた伯母の工作教室に通って、いろいろなものをつくったり、絵を描いたりしていて。大工さん、洋裁師さんもいる、手に職の家系です。美大進学を決めたのは中学3年生です。

学校の進路学習で「何十年後の自分」ということで方向性をイメージさせて、どこの大学のどの学部というところまでくわしく書かされるので。早い段階で興味のあるものを絞って、実現にはどうしたらいいかということを考えられたのはよかったです。ただ普通科で藝大受験に関して先生たちもよくわからないので、予備校の先生に頼っていました。藝大にいっても絶対に画家になるとまでは思っていなくて、気づいたらこうなっていたのが正直なところです。


―磯﨑さんの絵は宇宙的な大きな愛を感じさせるというか、幸福感があります

「幸福な気持ちになり買ってしまった」とはよく言っていただきます。ありがたいですし、目指していることではあります。自分が見ていたい、そこにいたいと思うような調和がとれた心地がいい世界を積極的に描いていきたいと思っていますね。


―地球とアンドロメダの絵を描かれた理由は

 

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「テラとアンドロメダ」

大学1年の夏頃に飼っていた犬が亡くなって、死後の世界への疑問からさまざまなことに興味がわきました。生物学的なこと、天文学や宇宙科学、精神的なことなど、興味のむくままに触れていって。「好きなことをとことんやりたい」「選択するときはいつも一番望むものにしたい」。いつのまにか強くそう思うようになっていました。「テラとアンドロメダ」はそんな時期に描いたもので、アンドロメダ銀河を女性が丸くなっている姿で表現しています。


―ペットの絵を描くこともされているのですか

そうですね。面識ある方たちから亡くなったペットを思い出として残したいと頼まれて、何回か描きました。私自身、飼っていた犬が亡くなる2日前にガラスの授業で立体をつくりあげていたのですけど、やっぱり物として残っているといいなと思うんですよ。(といって見せてくれる)母も亡くなった後にこれを撫でていて。

家の犬は病気だったので死に際に本当に苦しんで亡くなりました。辛かったですけど、幸せそうにしている犬の作品をみることで、頭のなかの苦いイメージを変えていけることができて。救われたんですよね。


―美術の力ですね!磯﨑さんは愛と平和のメッセンジャーではないでしょうか

 

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「ずっと一緒だよ」

私が人と人、人と動物、種類がちがう動物同士などをよく描くのは、それぞれの違いを超えて仲よくなりたいという気持ちがあるからです。今後もいろいろなパターンを模索していきたいです。

卒業して3~4年目の今、ようやく日本画材を使って自分の思うイメージを作れるようになってきて。といってもまだまだわからないことだらけで、ある時に掴めたと思ってもまたどこかへ行ってしまう、その繰り返しです。知りつくすには一生かかる気がしていますし、無限に遊べるとも思っています。今でも岩絵具をみると溜息がでるくらい感動します。その力を活かしながら一枚一枚、実験精神でこれからも描いていきたいですね。

 

磯﨑菜那(いそざきなな)プロフィール

 

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1993年東京都生まれ。東京藝術大学美術学部日本画専攻卒業。グループ展「アートアートアート」(8/28~9/2@松坂屋名古屋店南館1階オルガン広場)、「2019年東武絵画市 美術特選逸品会」(9/19~25@船橋東武 6階イベントプラザ)、「見参2019」(10/3~8@新宿パークタワー アトリウム1階・2階+ギャラリ-3)、「ART EXPO MALAYSIA」(10/8~13 ※10日がプレビュー、11~13が本会期 @MATRADE EXHIBITION & CONVENTION CENTRE <MECC><KUALA LUMPUR>)に出展予定。