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1人7役の人形劇俳優たいらじょう×宮田大アンサンブル 音楽劇「サロメ」へ

人形劇俳優たいらじょうチェリスト宮田大アンサンブルによる音楽劇「サロメ」を観劇してきた(1月20日 東京文化会館小ホール)。サロメというと、R.シュトラウスのオペラが有名なので妖艶な悪女の話というイメージだが、新約聖書の挿話を翻案したオスカー・ワイルドの戯曲から、預言者カナーンの首を求めたガリラヤ王女の残酷でかなしい愛の世界を見事につくりあげていた。

 

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一人で何役もの人物を憑依したかのように演じわけられる演技力と人形操演術という独自の表現をもつたいらさん。人気実力トップチェリストの宮田さん率いるアンサンブル。両者が融合し、時に劇が、時に演奏がひっぱりながら弧を描くように生みだされた劇空間にすっぽり包まれながら、たいらさんの声も含め舞台は音(楽)なのだ、と思わされる。

 

今回の配置は、客席からみて左にハープ、オーボエ/イングリッシュホルン、右にチェロ、コントラバス。異色の編成はたいらさんたっての要望で、古代パレスチナの宮殿を舞台に繰りひろげられる悲劇の色あいを鮮やかに伝えてくれたと思う。それは一音ごとの解釈ができる宮田さんが1年かけて選曲した全21曲と、それを編曲した山本清香さんの手腕、音楽家たちのすばらしい演奏にあることは間違いない。

 

花の絵が描かれた満月と色紙のコラージュや装飾でつくられた古井戸のある建物という、子どもにも親しみやすいシンプルな舞台装置。まずチェロがコルンゴルト「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 第3楽章より」を小気味よく弾むような、ダイナミックかつロマンティックな深い響きで聴かせ、一瞬にして世界へと誘う。

 

サロメの登場シーンは、フィギュアスケート浅田真央選手の使用曲としても有名なラフマニノフピアノ協奏曲第2番 ハ短調 第3楽章より」で壮大に。預言者カナーンへの憧れはメンゼルスゾーン「弦楽四重奏曲第2番 イ短調 第3楽章より」で甘く切なく。そしてヨカナーンの登場をJ.S.バッハ「マタイ受難曲」から、黄泉の国が暗示されるシベリウス組曲『レンミンカイネン』第2曲『トゥオネラの白鳥』より」でつないだ。

 

ハッとさせられたのは、サロメがヨカナーンに惹かれて口づけを求めるも近親相姦の母の娘と罵倒されるやりとりで、シェーンベルク浄められた夜 より」が当てられていたことだ。これは、ドイツの詩人リヒャルト・デーメルの詩を曲にしたもので、別の男性の子を身籠ってしまって苦しむ女性を恋人の男性が愛をもって受けいれる話である。受胎告知に戸惑うマリアとヨセフであり、キリスト教の精神がこめられているともいわれる。

 

女性を目の敵にして、サロメにはレッテルを張って退ける潔癖すぎるヨカナーン。ヨカナーンが初恋で、自分の美貌を武器に大胆にせまった10代少女のサロメ。劇中の月は、見る人によって姿を変える芸術の象徴として繰り返し話題になる。月夜の情景と男女の告白が展開されるこの曲を使用することで、詩とは真逆のふたりの応酬を赦しでもってつつんでいるように感じた。

 

大きな見せ場となる、サロメの踊りのシーンは、R.シュトラウスのオペラから「7つのヴェールの踊り」に乗せて、たいらさんが巧みな人形操演術でヴェールを使った幻想的なダンスを披露。人間よりもサイズが大きい上半身のみの人形を操り、彼がサロメの肉体や魂となっているようにもみえれば、人形との華麗なペアダンスのようにもみえる。

 

たいらさんは、今回サロメを始め6体の人形の操演、加えて首切り役人ナーマン役とひとりで7人の登場人物を演じている。いくつもの人形の間をいったりきたり、2人の会話でヘロデ王を操りながらすぐさまサロメのセリフをいう場合でも、一瞬の間もなく声音も変わって流れるように進む。声としぐさによって、人形に表情が浮かんでは消え、消えては浮かんで、と見えるようなところもぞくっとさせられる。

 

子役として活躍後、大好きな人形劇を選んで自分の道をすすみ、今このようにオリジナリティを発揮されているのは本当に喜ばしいことだ。

 

今作で唸ったのは、サロメがヨカナーンの生首を得て念願の口づけをするも、その狂気を恐れた王の命によって殺されるまでの音楽構成である。

 

語りかけるシーンでは、悲しみと祈りがただようショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 第3楽章より」から、シベリウス交響詩 フィンランディアより」で闘争の呼びかけが示される。続くキスシーンではエキゾチックで官能的な雰囲気のリムスキー=コルサコフ「交響組曲『シェヘラザード』第3楽章 若き王子と王女より」になり、再びシベリウスに戻って賛歌の旋律で安らかに昇天する。非常に厳かな余韻だった。

 

自分では理由がよくわからない涙が流れた。サロメの若さゆえの狂気がかわいそうだったからか?人間の愚かさを見守る大きな神ともいうべき存在が感じられたからなのか? フィンランドの国家独立運動から生まれたシベリウスの曲に、アイルランド人のオスカー・ワイルドの複雑な思いを知らずに重ねてしまったのか?この舞台に出あえたことに感謝して、もう一度戯曲を読んでみよう。

 

脚本・演出・美術・人形操演:たいらじょう
音楽監督・チェロ:宮田大
ハープ:山崎祐介
コントラバス:谷口拓史
オーボエ/イングリッシュホルン:若山健太
編曲/効果音作曲:山本清香
黒衣:牛頭奈織美 新井彩冬実 荒川藍子