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インタビュー10:自らの死生観に向きあう舞台「テラ」演出家・坂田ゆかりさんインタビュー

寺院を舞台に宗派の教えを盛りこんだ演劇を上演する「テラ」を知ったとき、これは面白いと思った。三好十郎の「詩劇 水仙と木魚――一少女の歌える――」を原案に吉岡実、富岡多恵子らの複数の詩を使った輪廻転生のひとり芝居。寺の息子のパーカッショニストが主導して、観客が108の死生観への質問に木魚をたたいて応えるという参加型スタイル。寺院が変わるごとに内容が改変、再構築されるというクリエイティビティ。

2018年のフェスティバル/トーキョー・まちなかパフォーマンスシリーズで、東京・西巣鴨の浄土宗 西方寺で上演されたのが初回。2回目となる「テラ 京都編」が2021年の緊急事態宣言あけとなる3月下旬に、京都市・上京区の臨済宗 興聖寺で開催された。前回は阿弥陀如来(極楽浄土の創造主)を扱ったが、今回はコロナ禍にふさわしく地蔵菩薩(地獄と現世の救済主)による衆生救済が謳われる。

このたび初めて拝見すると主人公は俳優と同じ33歳に設定され、原案は大胆にアレンジされていた。現世を生きる人間が抱える生々しさと血脈や人との縁をつうじてそこはかとなく感じる輪廻転生への想い。

目と鼻の先にいる演者ふたりの率直な思いも吐露され、観客側も死生観への問答の際には他人事ではなく自分の本音に向きあわざるを得ない。勝軍地蔵が中央に鎮座する涅槃堂は、妙な熱気が漂うヒリヒリした一体感につつまれていた。

演出家・坂田ゆかりさんに、「テラ」シリーズの制作の裏側とご自身の思いについてうかがった。

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最少チームでバージョンアップできる上演をめざす


―無事に上演の運びとなりました。緊急事態宣言の再発令で2月の予定から1ヶ月遅れでしたね

どのくらい延期するか迷いました。今回の京都編は「テラ」が2019年にカルタゴ演劇祭に招聘されたときに主演した俳優が演じる予定でした。彼女の地元の縁で決まったものだったので。しかし、彼女が海外に住んでいるのでコロナ禍で来日が難しく、長く延期するのもよくないと思って、東京初演キャストの稲継美保さんに出演してもらうことになりました。

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Photo:北川啓太

 ―今作はいつから準備されていたのですか

昨年の3月のリサーチから始まっていますから1年がかりですね。リサーチではドラマトゥルクの渡辺真帆さんと一緒に1日に4~5軒くらいのお寺を訪問して、ご住職にお話を聞けたのは、正確には覚えていないですけど結構な数だった気がします。興聖寺に決まったのは望月和尚のお人柄に惹かれてです。早朝坐禅会に通い始めてから2日目には「ここでやりたい」となって。11月には京都芸術センターで交流イベントもやりました。

「テラ」はコロナ下に「テラジア|隔離の時代を旅する演劇」という国際プロジェクトに発展して、タイ、ミャンマー、インドネシアで作品がそれぞれつくり変えられて上演されることになって。日本チームとして、オンラインでの上映会もあったりしたので忙しかったですね。平行してジョージ・スタマタキスの個展の準備もありましたから。


―「テラ」プロジェクトは、演出家、俳優、音楽家、ドラマトゥルク、衣裳家の5名のメンバーで構成されています

それぞれがプロフェッショナルだからこそなせる業というか。このチームが目指すのは作品の本質は変わらず定点観測的でありながら、変化できる部分は作ったり壊したりする中でバージョンアップしていくような上演。最少のチームで身軽に動けるようにしておきたい気持ちがあります。

「テラ」はまちなかパフォーマンスが発端で、劇場の代わりにお寺を公演場所として設定したものです。そのときにすぐに顔が浮かんだのが、お寺の息子でパーカッショニストの田中教順さん。面白いことを喋りながら独奏で場を盛り上げる「ドラム漫談」なるものに衝撃を受けていたんですよね。彼とは初めての仕事だったので、渡辺さんと3人で合宿していろいろ試しながらつくっていって。

(観客参加の)108の問答コーナーは、田中さんの達者な話術と芸によって生まれたものです。生死にまつわる気まずい話題を木魚を叩いて音に託して伝えることや、木魚でアンサンブルするというアイデアは音にこだわりのある彼だからこそですよね。

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 Photo:北川啓太

―田中さんの存在は大きいですよね。京都編では望月和尚のYouTube法話をもとにつくった新曲を稲継さんが歌っています。予想以上に音楽劇的でしたが

新曲「浜風のメモリー」は、稲継さんが興聖寺での坐禅中に思いついた歌詞を書き留めて、それに田中さんが曲をつけて作った曲です。あまりに名曲なので、それを活かしたシーンを作ろうと思い、主人公の京極光子が地獄から「はまかぜ2号」という船で蘇ってくるというコンテクストを付け足すことにしました。これが序盤に来ることで、初演『テラ』からの跳躍感も出したかったです。

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 Photo:北川啓太

―坂田さんはこれまで参加型のアートプロジェクトやワークショップもやってこられています。そうした側面もあるのでしょうか

それは特にありません。むしろ、劇場型の演劇を捉え直す感覚の方が強いです。舞台/客席の関係性をよく知っている稲継さんと組んで、彼女を見つめるお客さんの視線と、それを受けてしっかりコミュニケーションを取りたいという彼女の希望が重なりあったものと言えるかもしれません。

 

「詩劇」という形式へのリスペクト 詩を得意とする俳優の存在


―これまで朗読劇や詩を引用した演出をされています。今回はどのように原案や詩を選んだのでしょうか

原案の「詩劇 水仙と木魚」は、お寺という場所と稲継さんのひとり芝居にあうものという点からまずは選んで。ほかの詩はとにかく図書館に通って選びました。最初の段階で詩か小説かもしくは自作するかの選択肢があって、ぴったりのものが見つかるまではとにかく手当たり次第探します。結果的に2カ月近くかかりました。効率は悪くても自分にはあっているやり方です。この時期は、渡辺さんもかなりの文献を参照し、一緒に悩んでくれました。

「テラ」が詩を前面に押し出したパフォーマンスになったのは、やはり稲継さんは詩が抜群に上手いからでしょうし、三好十郎の「詩劇」という形式への限りないリスペクトに従っています。


―京都編ではオートマティスム(自動記述)の影響によって書かれた富岡多恵子の「物語の明くる日」からの詩が印象的ですね

この詩の構造的な魅力は、様々なキーワードが作品全体と伏線で結びつく、親和性にあります。「にんげんって無宗教なものでしたから」「墓石もちあげて買物にゆくわ」「坊主まるもうけ」「かみさまにおうたうたってあげる」とかですね。こんなに生きることと信仰が切実に結びついていて、しかも、仏教、キリスト教、無宗教のモチーフが良い感じにごちゃ混ぜになっている詩って滅多にないです。稲継さんならこの難しい詩をすばらしく演じると思いました。


―脱線しますが、富岡多恵子は版画家・池田満寿夫との恋愛が有名です。芸術家同士の恋愛の“地獄”と“天国”について思うところがあれば…

すごい質問ですね。私のパートナーもアーティストなのですが、自分に引き寄せて考えると、何も作品を作らない、作る必然を理解できない人と恋愛する地獄(=生活の違いによるストレスを溜め込む地獄)に比べたら、作品のことばかりで頭がいっぱいの人と付き合う地獄の方がまだよかったと思うことでちょっと救われます。向こうも同じ地獄の中ですから一緒にいられますね。「天国」っていうのは、愛情や切磋琢磨しあえる関係のことなんですかね?これはあまり職業に影響されないのではないでしょうか。


今の人生は生き直し 厳しい時代に演出にこだわらず幅広い活動を


―阿弥陀如来(極楽浄土の創造主)、地蔵菩薩(地獄と現世の救済主)をそれぞれ扱う両編をやってみて、あまりなじみがなかったという仏教について認識は変わりましたか?今回上演されて手応えもあるのでは

仏教のお寺ってこんな感じなんだということを、身をもって体験し、発見しました。お寺との縁ができると、そこは入りづらい聖域から、人間が営む日常の場所に変わる感覚があります。でも、仏教については相変わらず全然わからないことだらけなので、田中教順さんや、彼のお父上を頼りきってしまっています。「テラ 京都編」は、良い作品になったと思います。お地蔵様のいらっしゃるところで再演の機会があれば、ぜひ今後も大切に育てていきたいです。


―そもそも輪廻転生を信じますか

私は信じています。過去世の記憶はないけど、今の人生はそのときの後悔の生き直しだとも思います。振り返ってみると小学生2、3年生くらいから死を意識していました。かなり幼い時は精神世界に潜中する癖が今よりもっと強くて、喋り出すのも早かったそうで、2歳半のときに母親に頼み込んで、3歳からピアノを始めさせてもらい、5〜6歳くらいから作曲をしていました。メロディではなく和音に興味がありました。

藝大に入ってからですね、音楽をそんなにやりたいわけじゃないと気がついてしまったのは。そこから見よう見まねで演出を始めて、稲継さんとつくった作品が評価されて。ある時先生から「演出家になりなさい」と宣告されたことで決まった感じです。「一人前になるのに30年かかるけどな」という曰く付きでしたが。そんなに人生をかけられる仕事っていいなと思っちゃったんですよね。

自爆テロを試みる少女が主人公の「BOMBSONG」や、ローマ神話に日本の通り魔事件を重ねあわせた「プロゼルピーナ」など人の生死に向きあうような作品も演出してきました。演劇は、性(セックス)と生死を表現することに長けているメディアだと思います。素材が生身の肉体ですから。


―今後の「テラ」の展開についてはどんな予定でしょう

「テラジア|隔離の時代を旅する演劇」の演劇プロジェクトが2023年まで予定されていて、ベトナム、ミャンマー、インドネシアのアーティストがそれぞれの「テラ」を展開していくことを楽しみにしています。日本とアジア各国との共同チームによる「テラ」もやりたいと思っています。「テラジア」はそこでいったんは終了ですね。

今後は作品だけでなく、作品を生み出すプラットフォームづくりも視野にいれていければ。厳しい時代に突入したと思っているので、アーティストが作品をつくって発表できるようにサポートをしていきたいですね。だからこの先も自分で演出をやっているかというと、それはちょっとわかりません。

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「テラ 京都編」関係者一同

 

坂田ゆかり プロフィール

1987年東京生まれ。演出家/アーティスト。東京藝術大学音楽環境創造科卒業。同大学院美術研究科修士課程グローバルアートプラクティス専攻終了。公益財団法人静岡県舞台芸術センターなど全国の劇場で舞台技術スタッフとして研鑽を積む。東京藝術大学社会連携センター特任助教。フェスティバル/トーキョーなどで演出を手掛けるほか、近年は展覧会という形式の中でも演劇の技術や考え方を応用する実験を重ねている。

 

関連リンク

「テラジア|隔離の時代を旅する演劇」サイト
Yahoo!ニュース 「テラ 京都編」…お寺で上演され、木魚を叩いて参加する演劇を体験してみた (Text by: 中本千晶)
Mercure des Arts テラ 京都編 – あなたは誰?(Text by: チコーニャ・クリスチアン)
Mercure des Arts Pickup (2021/4/15) |『テラ 京都編』(Text by: 田中 里奈)