インタビュー13:世界の至るところにある芸術性をアートで可視化する アーティスト・ 宙宙さんインタビュー
この5年、日本各地のアーティスト・イン・レジデンスに参加し、精力的に活動している宙宙さん。自然や地域がそこで暮らす人にとってどんな意味を持つかを探る地理学的アプローチで、サイトスペシフィックな作品を制作している。
アメリカの現代アーティストのロニ・ホーンさんは、アイスランドの風土と向き合うなかで生みだされた作品で知られるが、宙宙さんも交換留学で訪れたアイスランドに大きな影響を受けた。
イギリスのサザンプトン大学美術学部の彫刻科を卒業後、さまざまな仕事を経て40歳手前からアーティスト活動を始めたという経歴、ミステリアスな活動名も気になるではないか!
そんなわけで、静岡県浜松市の鴨江アートセンターの2022年度前期アーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)に参加している宙宙さんを訪問。
建物は1928年に浜松警察署庁舎として建てられた鉄筋コンクリート造の西洋建築で、解体も検討されたが市民による保存運動によって2013年に文化芸術の拠点としてオープン。石造りの3連アーチを備えた玄関が特徴的で、1階エントランスホールは高い天井の開放感あふれる空間がなんとも気持ちよい。
この日は「アーティスト・イン・レジデンス展 2014-2021 HERE AND NOW」が開催中で1階の各部屋を訪れた人が見てまわっていた。ロビーではレトロな椅子に腰かけて、ペットボトルのジュースを飲みながらのんびりと冊子をめくっている人がいる。
宙宙さんがアトリエとして使用している個室は2階にあり、階段をあがると角部屋では市民オーケストラか音楽団体が練習中で、反対側の部屋ではシンポジウムが行われていた。2017年度に続き今年度が2度目のAIR参加になる宙宙さん。これまでのAIR経験を振り返ってもらいながら、アーティストとして目指すところをうかがった。
自分の直感に従うことで何かが見つかる
―イギリスの美大を卒業されて15年後にアーティスト活動を始められた理由は
20歳くらいの時に、自分はアーティストとしてやっていくと思っていたんですけど、サウザンプトン大学の交換留学先のアイスランドに行って原始の自然のなかで暮らすうちに、自然の力強い美しさに圧倒されてしまって。自分で何かをつくるよりも世界を見て体験することに興味が移っていきました。
アイスランドから帰った後に大学を休学して、日本で働いて資金をつくり、世界を旅してまわってから卒業しました。卒業制作では、鏡と光を使ってその時感じていた世界を形にすることでひとつの区切りにした感じです。
それからずっと制作はしていなかったです。これまで色んな仕事を経験しました。京都でカフェバーを経営したり、天然酵母のパンの販売をしたり…。ゼロから1を生み出すことは好きでも同じことを続けるのが苦手で。
いつかまたアーティスト活動をすると思っていたのですが、またやりたい気持ちが起きてきたら始めるつもりでした。40歳手前になって、このままだと自然にやる気は起きない、これはもう自分から動くしかないのかなと思って。
その頃は東京の土木コンサルで今の作品とも繋がるような火山や河川の防災関係の仕事をしていて、3DCADで工事図面や完成イメージを描いたりしていました。
会社をやめて一度環境を変えようと思い、ドイツのベルリンで7カ月ほど暮らしました。個人的には日本人とドイツ人は似ている気がしていて、一度ドイツに住んでみたかったこともありますし。
照明デザイナーのところでちょっと働きながら、ドイツ語の学校に通ったりしていました。アート活動をはじめるなどの明確な目的意識をもって行ったわけではなくて、大学卒業後はずっと日本で暮らし、後半は会社という組織の中で働いてきたので、異なる環境に身を置き、いつの間にか固まってきた思考を壊したかったのだと思います。しばらく暮らしてから、ビザなどの問題もあり、動くタイミングになったので帰ってこようと。
―自分の感覚を大切にされているのですね
最初は結構ノープランで直感で動くタイプです。今引っ越すのがいい気がするとか、ここに行けば何かあるだろうという感じで。ドイツから帰国して静岡県の浜松市に住むことになったのもなんとなく…。
引っ越しの翌日近所を歩いていて、アートレジデンス応募の貼り紙を見つけたので応募しました。浜松にアートセンターがあることも知らなかったのですが、ちょうどその近所に引っ越していて。直感的に動くことが多いので理由を求められるとわからないけど、結果的に何かがあることが多いですね。野生動物がその時々の流れを感じとって動くような感覚かなと思っています。
地元は愛知県の田原市で、渥美半島の自然のなかで遊んで育ったことで野生が培われたのもあると思います。子供の頃、私の家の近くに誰も入ってこない秘密の森のような場所があって、竹藪の中で遊んだり、草のフワフワのベッドに寝転んで空を見ていたりして。そういう中で色んな感覚が磨かれた気がしますね。自然からいつのまにか学んでいることは多くて、自然から学ぶ態度を大切にしています。
アイスランドの大自然に圧倒される経験が糧に
―留学を選ばれたのはなぜですか
私は小中高と器械体操をやっていて、高校は部活推薦で入ったため、美術部で活動していたわけではありませんでした。大学は美大に行きたいと何となく思っていたのですが、美術塾の受験コースに行ってみたものの自分には全く合わなかったので、すぐに辞めてしまいました。
日本の大学受験は諦め、高校時代はイギリスの音楽が好きだったこともあり、海外に行くならイギリスがいいという感じで。まず南海岸のイーストボーンにあるアートカレッジ(大学準備コース)で2年過ごしてからウィンチェスターにあるサウザンプトン大学に3年通いました。3年のうちの半年は交換留学先のアイスランド大学ですね。
―アイスランドのプロジェクトの画像を見ると雄大なスケールですね
交換留学最後の1か月はアイスランドの田舎に住んで滞在制作をするプロジェクトに参加し、小さな村を起点にしてあちこち旅してまわりました。首都以外はほとんど人が住んでいなくて、原始の自然のなかで圧倒的に人間の方が弱いと思うような経験を何度もして。当時は携帯もなかったですから、今となっては出来ない貴重な経験ができたと思います。オーロラ爆発に遭遇したり、神秘的な体験もしました。
アイスランドからイギリスに戻ってきた時は、色鮮やかな木々の緑色に衝撃を受けて涙が出ました。アイスランドは厳しい自然環境で緑といったら苔くらいしかないんですよ。
イギリスは日本と比べるといつもグレーで天気も悪くて、そんなに鮮やかな印象はないのですけど、初夏という時期もあってか緑の美しさは衝撃でしたね。一回失って気づくというか、初めて出会ったような体験でした。アイスランドでの経験は今の活動に強く影響していると思います。
―自分への信頼が育まれましたか
イギリスに行った頃は英語が全然できなくて、1年勉強するつもりで語学学校に入たのですが、その時の担任がちょうどアートカレッジの英語アシスタントをしている方で。「作品を見せて」といわれ、絵を何枚か描いて見せたら「これなら入れるよ」ということで、その足でカレッジに連れて行ってくれて面談し、アートカレッジ入れることになったんです。こうした幸運が何度かあって、どんな状況でも何とかなるというか、あまり計画せずに直感的に動けるのだと思います。
私は何があっても正解だと思っているところもあって。人生で起こることはその時悪く見えることでも後からみると大体良いことですよね。その時に必要なことというか。それにどんな状況も嫌いじゃないです。世界を旅しているときに2回スリにあってお金がなくなったことがありますけど、本当の冒険が始まる!と感じてちょっとテンションがあがったりしましたね。
AIRとワークショップは実験と学びの場
―各地のAIRに参加されているなかで、浜松市鴨江アートセンターと京都芸術センターは個展やワークショップもされていて重要な拠点になっています
私にとって実験できる場はとても重要な場所です。京都芸術センターのCo-program C(共同実験)採択事業「水になる」のなかで行ったワークショップが初めてのワークショップでした。いろんな人と話すなかで生まれたスタイルがベースとなって、かたちを変えて他の場所でも変化している感じがあります。
鴨江アートセンターで2018年に開催した個展「宙宙海中公園」は、京都の土木コンサルタントで何もない空き地に公園をつくることを考えていたときに、想像することの無限の可能性を感じたことがきっかけになっています。
天窓のある大きな空間を海中に見立て、漂流物や鴨江アートセンターの家具などを使ってインスタレーションをしました。日常にあるものを使って新種の海中生物を創造するワークショップや、夢の公園を描くコーナーを設けたり、展覧会中に急遽ピクニックライブが決まったりして、宙宙海中公園のなかで音楽を聴きながら皆で食べたり飲んだり楽しかったです。
京都芸術センターは、芸術に関心が高い大人が多く訪れるのに対して、鴨江アートセンターは、公民館的な使い方もされていて子どもも多いですし、参加者の反応は全然違います。京都芸術センターで深く掘り下げたものを鴨江で展示しても、中々伝わらなかったり、子どもたちに一瞬で壊されたりすることもありますし…(笑)。場所によってかたちを変える必要もありますし、場所性や人との関わりの中で作品も変化していきます。
―AIRにつきもののワークショップはお好きですか
特に好きとかではないですが、作品の一部であることもあります。色々と経験して最近わかってきたのは、私には少人数が向いているんじゃないかということ。多人数になるとどうしても先生と生徒みたいになってしまって、それは何か違うなと。
自分もグループの一員で自由に会話が進むような関係性がいいですね。ワークショップというかたちでなくても、公開制作に来てくれた人にちょっと手伝ってもらうとか、何か一緒にやってみるくらいがいいのかもしれない…。その時々で来てくれた人に合わせていかようにもできて自由度が高いし、偶然性を取り入れながらより濃い体験にもっていけるのかなと。
―2021年に鴨江で展示と共におこなったワークショップ「線をみつける、線とあそぶ」は興味深いですね
筆やペンを持ったまま歩いたり階段を昇り降りして紙に線を描いたり、長い棒の先にペンを取付けて利き腕と反対の手で線を重ねていったり。そうするとコントロールが効かないので線が揺らぐんですね。コントロールと非コントロールの間を模索しながら、わたしたちの体から生まれる線を観察していきました。人間も自然の一部ですから、そうして生まれた線にも自然が宿っている気がします。
何かいいものを作ろうとすると、どうしても気持ちのいい線ではなくなってしまう。リラックスしてからだを動かすだけで結構いい線が描けるというのは楽しい発見でしたね。
この世界そのものが芸術 身のまわりの芸術性を可視化する
―水をテーマにしたものが多いのは
土木コンサルで働いていたときに、初めにやったのが水系図を描くことでした。地形図の等高線の窪みに沿って水の流れを描いていくと、どこまで流域が広がっているのかが見えてきます。描かれた水系図は葉の葉脈のようにも肉体の毛細血管のようにも見える。芸術はいたるところにあってちょっと角度を変えて見たり、少し手を加えるだけでそれを可視化できたりします。そうしたひとつの手段としてアートがあると思います。
私は制作時に空間に入ると自然と身体が動くことが多く、建築空間やそこに持っていく物などにもすごく左右されます。「宙宙」というアーティスト名にしたのは、自分で考えてつくるというよりは、空間や物、人との関わりのなかで作品ができていくという感覚からですね。
―神奈川県藤沢市アートスペースの2021年のAIR展では、床が水浸しでびっくりしました
6階にあるガラス張りの空間から見える景色がとても気持ちがよく、初めてそこを訪れた時にその景色を背景に作品をつくりたいと思いました。調べていくうちにそこから見える富士山や丹沢の山々に降った雨が相模川となって会場の蛇口に繋がっていることがわかったんですね。
それで蛇口から相模川の水が流れて川となって海を形づくっていく様を、床に水を流し入れて表現しました。毎日蒸発した分の水を足していくなかで少しずつ流路が変わります。それは自然の動きであり、コンクリートで固められた川では感じられない体験でした。
会期が10月から1月までだったので、年末に一度リセットして、新年に参加者を募って水入れのパフォーマンス「はじまりの川、はじまりの海」をしたんです。地球にはじめて降り注いだ雨が川になって海になっていく様子を想像しながら、半島が島になり、やがて消えていく様子などを観察していきました。
他には藤沢の海で拾った漂流物の展示をしました。山から流れてきた木の実や植物、虫、魚や鳥などの動物の骨、中国の住所が書かれている浮きやプラスチック類までいろいろあって。プラスチックの多さには驚かされました。そうしたものが波にもまれて段々と小さくなって水に溶けて循環し、プラスチックはマイクロプラスチックになって水と一緒にわたしたちの体の中をも通り抜けていく。そうした循環のかたちを展示にしました。
―あの、テーブルの上にある水に浸してある、苔むしたこの石たちは…
今年のAIRのために浜松の天竜区にある渓谷・白倉峡で拾ってきたものです。白倉峡がすごく綺麗なのは、その辺りが堅い地質でできていることや周辺の山が良い状態で管理されてきたことなどがあります。
江戸時代ごろ日本の多くの山の木は伐採されて禿山が多かったそうですが、それにより川も荒れて水害が多かったようです。天竜では、早い段階から植林がはじまり、現在でも人の手が入り管理されていて山がとても力強いです。
ちょっと石を顕微鏡で見てみませんか(といって見せてくれる)…綺麗でしょう?日本にいると水の問題についてあまりピンとこないかもしれないですけど、本当に豊かな自然あってこその水ですから。
自然と人間社会の関わり方にも関心があって、どうしたらよりよく循環していくのかに興味があります。それはちょっと土木よりなのかもしれませんが私にとっては芸術活動です。
この世界そのものが芸術だと思うので、身の回りにある芸術性に光をあてて視点を共有できたらと思っています。いろんな土地に住んで制作して、多角的にこの世界を理解しながら、自分の表現方法を見つけていきたいです。
地質図を見ていると、日本列島は4つのプレートがぶつかりあって出来ているので土地により形成年代が全然違います。九州から関東へ横断する日本最大の断層である中央構造線沿いに伊勢神宮や諏訪大社をはじめとする多くの神社・仏閣があり、古来より人は地形から何かを感じ取っていたのかと思いますよね。
ある本で、中央構造線付近に暮らしていた人たちのことが書かれていて、構造線のこちら側と向こう側とでは違う世界と捉えていたという記述を目にしました。アイスランドで暮らした経験から共感するところがあって、原始の自然の中で生きていた人の感覚、わたしたちが本来持っている感覚というものにも興味があります。
―お話を聞いてAIRは地域間のゆるやかな連携ができるといいのかもしれません
AIRは実験と学びの場なので、3、4カ月の滞在で成果展があるとどうしても展示にむけてつくるということになるんですけど、できるだけ実験と学びに重きを置きたいと思っています。やっぱりその時純粋に興味があることをやりたいんですね。だから地域への還元を必ずしも成果展にするのではなくて、公開制作や別の形にしてもいいんじゃないかなと思います。
もっというと、ひとつのAIRで区切るのではなく、色々な地域をまわっていくなかでうまれた成果を共有する意識があるといいかもしれないです。そうした横の流れの自由度があるとアーティストとしては集中して制作に打ちこめますね。
宙宙(ちゅうちゅう)プロフィール
鏑木麻美を中心とした作品にかかわる全てのものの総称。2017年に活動をスタート。「清流の国ぎふ術祭 Art Award IN THE CUBE 2020」入選(岐阜県美術館) 豊中市特別企画展「残像のスケッチ」(豊中市立市民ギャラリー 岡町・桜塚商店街店舗 2021) 大阪・西成「YYBY宙宙」(大阪市助成事業 2022)。
鏑木麻美 1978年愛知県田原市生まれ。2003年Winchester school of Art、サザンプトン大学美術学部彫刻科卒業 (イギリス)。2001年Iceland Academy of the Arts交換留学 (アイスランド)