人と芸術と魂と

アーティストをたずねて ほか

インタビュー12:横浜・黄金町AIRで飛翔の時を待ちながら アーティスト・常木理早さんインタビュー

黄金町バザール2021」のツアーに参加して、常木理早さんを知った。車のヘッドライトを6つ重ねた作品の前に立ったとき、全身に突き刺さるような光を浴びてどこか痛みを感じた。「ヘッドライトって車に乗る人の安全を守るためのものですけど、暴力性をあわせ持っていますよね」と穏やかに説明してくれる常木さん。

ヘッドライトが集中砲火しているのは、壁にかかった一枚の絵。光を見続けないようにと注意を促しながら、「浸食を表したくて、他の作家に協力してもらいました」とさばさば話す口ぶりに、どこか茶目っ気があった。

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photo by  Yurina Era

横浜・黄金町のアーティスト・イン・レジデンスAIR 以下AIR)で滞在制作をしている常木さんのアトリエを見せてもらったが、ツアーの時間の関係であまりお話はうかがえず。その日は「レジデンスと制作」のテーマで常木さんらアーティストのこれまでのAIR経験を聞く講座もあって、黄金町の利点を感じていた。そのひとつが期間で長期は1年、最長5年まで契約更新できるという。

神奈川県横浜市中区の黄金町一帯で2008年より開催されている「黄金町バザール」、アーティスト・イン・レジデンス事業は、かつて違法売買春街だった街の治安のためにアーティストを招き、アートによる街の再生を目指しているプロジェクトだ。現状、課題もあるのかもしれない。黄金町AIRに2018年から、バザールに2019年から参加している常木さんに、黄金町での制作とイギリス留学を経ての作家活動についてお話をうかがった。

 

3年連続参加のバザール作品を振り返る

―今年の作品は既製品をメインに据えていますね

自分が造形しない形で作品にしたのは初めてですね。これまでも既製品は使っていて、例えば、タンスの引き出しに苔を入れた作品があります。

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「揺れたり掃いたり」2020 展示風景:黄金町バザール2020  
photo by Yasuyuki Kasagi

バザールはグループ展なので、同じスペースに自分と他の作家の作品が並ぶのが当たり前の環境です。これだけ参加作家が多いと関心や趣旨の差異は大きくて、過去2年は独立した一つの会場をいただきましたが、今年は全体のテーマが「サイドバイサイド」だったので、自分の意図するところと全く交わらない作品が横にあったとしても大丈夫なものをつくろうというのがまずありました。

他の作品に介入するというか、ちょっと暴力的に干渉することをしたかった。同じくバザールに参加している作家の平山好哉さんに、作品の貸出をお願いしたら喜んで貸してくれたので有難かったです。

―コロナ禍の影響はありましたか

作品を考えるときって、自分が日々考えていることがすごく反映されてくると思います。ダイレクトにつながってはいなくても、そういう部分はありますね。コロナ禍で極端になってきた人と人との距離感がこの作品ではテーマになっています。

こうやって人と対面で話すことが難しくなって、オンラインで話すことが増えるとコミュニケーションが極端になってきます。人から一言いわれたことに対しての判断や解釈が極端になるし、自分が責められたとか攻撃されたという気持ちで反応すると、相手もそれによって生まれた感情が大きくなって意思疎通がスムーズにいかない。

自分はどちらの立場にもなって、あまりフォローが得意ではないので時には面倒くさく感じてしまったり。コロナ禍で今まで流していたことにいちいち敏感になってしまっている状況で必然的に関係性については考えていました。

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「隣の人」2021 展示風景:黄金町バザール2021

横浜市民ギャラリーあざみ野では、黄金町との連携企画で展示されていますね

黄金町では「人と人」、あざみ野では「人と自然」の関係性をテーマにしました。「ショーケースギャラリー」は作家紹介を目的としているので、過去の作品と新作2つを展示しました。人の自然に対する考え方、付き合い方はそれぞれ違いますけど、 水や風、地中の鉱物などを利用してエネルギーに変換したりと、人間にとって自然はエネルギーの源という考えから「送電線」という作品はうまれました。山から電気を引っ張って人が使用するという流れ、鉱物などの循環を表現した作品です。

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「送電線」2021 展示風景:横浜市民ギャラリーあざみ野 
photo by Ken Kato

もう一つ「シーソー」は、これまでバランスを考察する作品を作ってきていて、その系統です。傾いた蛍光灯照明の器具の片方につけている重りを、釣りの重りにしているのは、作品を見たときにリアルな重量バランスを取っていることがわかるようにしたいという理由です。実際に目の前にある物質のリアルさと、ここで取れている均衡のフェイク、そのバランスが人と自然の関係性なのかな、なんて思ったりして。

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「シーソー」2021 展示風景:横浜市民ギャラリーあざみ野 
photo by Ken Kato

2019年の作品はネットで拝見すると不思議な画像です

この「ソックス イン ランチボックス」という作品は、要田伸雄さんと一緒にバザールに参加し展示した作品です。2つの展示場所で、一会場は私がメイン、もう一つの会場は彼の展覧会場として、それぞれの展示会場・作品をそれぞれの身体みたいに捉えて、相手側の会場に自分の作品を設置することで侵入する、という方法をとってみました。会場自体は少し離れた場所にあり、それを連携させる試みもありました。

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「ソックス イン ランチボックス」2019 展示風景:黄金町バザール2019 
photo by Ujin Matsuo

私は山本アパートという建物で、1階部分に小さな部屋が7つある場所が会場で、6部屋を使って部屋を自由に歩き回って鑑賞できるインスタレーションをつくりました。その入り口の最初の部屋に、要田さんの、ドローイングに穴を開けて指を入れてスキャンしたイメージがプリントされたカーペットを使ったインスタレーション作品が、私の作品のイントロダクションのような形であって。そこを通り抜けると、私の作品が始まります。

6つの部屋には、ゴルフクラブがお花のように生けられていたりと、さまざまなオブジェがあります。くり抜かれた壁が出入り口になっていて、そこに懐中電灯を振って歩いている映像がチラチラ見えたり、部屋同士はパーテーションロープで繋がれ、真っ暗な部屋に舞台に関する文字が蓄光塗料でプリントされたカーテンが掛かっていて、たまに電気が着くとエッチング作品が見えたり。とにかくいろんな要素がある作品です。

イメージ的には、頓挫してしまった舞台の裏側、何かが起こった後の痕跡、もしくは何も起こらなくてただ残っている場所に迷い込ませる感じでしょうか。

「ソックスインランチボックス」いうタイトルは、ごちゃまぜ!ということをいいたかったんですよね。仕事でホテルに泊まったときに、一緒にいた人の子供がカラのお弁当箱にキレイなソックスをいれているのを見て、ああ、これだなと。それをそのままタイトルにしました。この年は公募での参加ということで、このような広い場所を使用できたんですよね。2020年からはレジデンスアーティストという立場で参加しています。


イギリスの2つの美大で学び得たこと

―立体は空間、場所が大切ですね。常木さんは絵画からスタートされていますが

構造物に興味があって絵画作品を制作していたんですけど、自分がメディアとして扱っているものの素材に興味がでてきて、自然と立体に移行しました。学士の卒業制作を立体作品にしたいと先生に相談したら、3年間ペインティングを勉強してきたのだから、ペインティングに集中したらといわれてしまって。今思えば聞いておいてよかったと思いますね。

ロンドン芸術大学チェルシーオブカレッジに留学した理由は

高校生の時にアート系に行きたいと思って日本で予備校には通いつつ、何科を選べばよいのか考えてもよくわからない中で、イギリスに1年留学したことが大きかったです。

イギリスの美大は、予科があってファインアート、ファッション、プロダクトデザイン、平面的なデザインを全体的に学んでから自分の専門を決めるシステムだと知って、こちらのほうがいいなと思ったんですね。例えばファインアートでも、ファッションのファインアートコースという選択肢もあります。

日本の大学の受験システムは自分にはあわない気がして、イギリスの場合はポートフォリオの提出ということも決め手でした。本当は留学から帰ってきて、すぐまた行くつもりでしたが、当時英語を教わっていたアイルランド人の方に英語力の問題を指摘されて、日本の美大を薦められたので、挑戦しましょうということで。受験には落ちてしまい、英語を勉強し直してからイギリスに渡りました。

予科を経て3年間はどのように過ごされたのですか

基本的なことは予科でも学士でも教えてくれません。予科で唯一教えてもらったことは、プロダクトデザインでのシンプルな型取りくらい。ひたすらポートフォリオづくりをしていました。

学士では全体と学年のレクチャーがあるんですけど、色々な本を薦められて一番本を読んだ時期でしたね。あとはリュック・タイマンスとかアーティストが招聘されて話を聞いたり、セミナーやエッセイの時間以外は制作でした。自分の作品のプレゼン、グループでの講評会、先生とマンツーマンのセッション。自分がやりたいことを先生に相談してアドバイスをもらったり、周りと話したりして決めていく感じですね。

ロンドンではギャラリー巡りでも絵画作品を見にいく方が多かったです。卒業制作は構造物の成り立ちに興味があって、その辺りを踏まえて線と面でどう実際に入れ込むのかを考えながら制作していました。

―建築のクラスを受けたりは

学士を終えて行ったグラスゴー美術大学のときに受けました。建築が強い学校だったので担任に相談して、私はMAでしたが、BAの1年か、2年生を対象にした力の仕組みのクラスに特別に入れていただいて聴講していました。グループで橋の模型を作っている時に、私は参加できずに見ているだけでしたけど。実用面よりも作品を作る上でのヒントになりました。

グラスゴーはいかがでしたか

BAよりMAの方が一般的にインターナショナル度は高くて、目的意識をもってそれぞれ考えて行動している人が多かったです。グラスゴーは街、コミュニティがよかったですね。街が小さいのでコミュニティがすぐそこにあって。世界のアートシーンで活躍している人がいるし、刺激的でした。

グラスゴーに来てからは毎週のように何かあったら皆で出かけていくような感じ。作家が自分の家のリビングを片付けて、そこで展示したりして面白かった。自分が展示したときは皆が来てくれて。制作や発表していると別の何かにつながったり、助成金も受けやすかったり、いろんなものが近かったですね。

―よい影響を与えてくれた方はいらっしゃいますか

学校で出会った友人アーティストもそうですが、卒業してからスタジオを構えたグラスゴースカルプチャー・スタジオ(GSS)というところで同時期に制作していたアーティストには刺激を受けました。GSSは、もともとアーティスト・ラン・スペースから始まってそこから大きくなって、組織として成り立っているところです。

国際的に活躍している作家のジム・ランビー、デイヴィッド・シュリグリー、クレア・バークリーなどが近くにいたのは大きかったです。ジム・ランビーは学校にチュートリアルにきていましたし、デイヴィッド・シュリグリーとクレア・バークリーは当時GSSにスタジオを持っていました。カーラ・ブラック、ローマン・シグネールやウルス・フィッシャーも好きな作家です。

ロンドンにいたときは、画家のアレクシス・ハーディングが3か月に1回くらい大学に来ていて、継続して作品について話ができたことはいい経験で大切だったと思います。彼が受賞したときは自分も間接的にOKといわれているような気がして、なぜかより一層嬉しかった記憶です。


アーティストから見たAIRのあり方

―帰国してからはいかがでしたか

ビザが切れて2011年に帰国することになって、日本のアート関係者をあまり知らなかったから制作しながら生活していくにはどうしたらいいかわかりませんでした。皆どうやっているんだろうって。グラスゴー時代の友達が東京藝大に入るタイミングで、半年くらい数人で一緒に住んで、帰国して最初のチェーンの作品はその家でつくりました。そのうち知り合いができて、スペースを間借りして制作するようになりました。群馬の実家に帰って制作するときもありましたね。

AIRは、短期よりは長期のほうがいいとおっしゃっていましたが

私の場合、短期滞在はニューヨークのAIRにいる友達が呼んでくれて1か月とか、展示のために1週間などです。グラスゴーAIRには2年いました。グラスゴーには海外展開している大きなギャラリーもありますけど、そこに入れるのは限られた人たちです。内部で留まらずそこを拠点として外へでていかないと行きづまります。

それはここ黄金町でも同じことだと感じます。周辺の展示場所や、なんだかよくわかりませんが別の形態で活動の幅が広がるといいと思いますね。自分自身、面白そうな場所で展示したいです。

コミュニティが形成されていて、作家が大勢いて、工房がある。これは黄金町の特徴でこうしたAIRはそれほどないんじゃないかな。専門的な知識をもつ作家に素材やアイデアなどを相談できることは一番大きいですね。クリティカルな意見やどう見えるかを言ってくれる。

今は近くに住んでいて、2019年のバザールの頃からこの場所に長めに滞在するようになって、段々と周りとの距離も縮んできた感じですね。最近メディアとして光を使い始めて、サウンドスケープとか、そういう方向でもう少し広がりをもって制作できたらいいなと思っています。

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photo by  Yurina Era

―現在、どのように活動されていますか

今はギャラリーで働いて、作家業とあわせてやっています。作家ということで時間の面などで助けてもらっていますが、自分のなかでは完全にわけるようにしていますね。作家1本で生活できれば理想でしょうけど、別の仕事を今までやってきて、そこでの繋がりや出来事も私の考え方に影響しているので、大事なのかなと思います。それは今の仕事でなかったとしても、です。色々な人に出会えますから。

とはいえ、作家活動ができなくなると自分のなかできつくなってきます。バランスよく知らない世界を垣間見て制作していきたいです。

―今後のヴィジョンについて

静かな海か湖のほとりで、わりと広いお家に住んでヤギと鶏とうさぎを飼い、野菜を育てて、作品をつくるというのが理想的ですね。自立して生活できていればいいなと。それから美術館など大きな舞台で個展をしたいです。自分でもワクワクしますし、今までサポートしてくれた人たちに感謝を示すことができるのでは、と思ったりします。

自分の目標としてはドクメンタに参加すること。前回のドクメンタに行きましたが、作品が興味深くとても楽しかったです。

 

常木理早(つねぎりさ)プロフィール

1982年 群馬県生まれ。2006年 ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン ファインアート卒業。2009年 グラスゴー美術大学 ファインアート修士修了。農業や劇場あるいは電車内といった、特定の環境下における道具と動作から着想し、奇妙なオブジェで構成する立体やインスタレーション作品を制作している。最近の展覧会に「庭の向こう側 – 手がかり」(Space Ppong、光州、韓国、2021年)、「○△|」(UNTITLED space、東京、2021年)。