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いま大注目のカウンターテナー 藤木大地リサイタルへ

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今秋ワーナークラッシクスからメジャーデビューした、藤木大地さんのリサイタルへ行ってきた。(12月18日 紀尾井ホール)2016年に「題名のない音楽会」(テレビ朝日系列 毎週土曜午前10時~放送)で藤木さんが歌った「死んだ男の残したものは」を耳にして以来、一度生で聴きたかったのである。

 

この曲は1965年に谷川俊太郎武満徹コンビで「ベトナムの平和を願う市民の集会」のためにつくられた反戦歌で、ポピュラー、クラシック問わずおおくの歌手に歌われてきた。実は初めて聴いたが、歌詞の世界観がダイレクトにつたわってくる歌いぶりに惹きつけられた。テノールから転向したカウンターテナーということで、裏声を駆使しても全体的に男声の力強さや安定感を感じさせる。藤木さんは声楽家でなければ、新聞記者かアナウンサーになりたかったそうで、もともと言葉をつかって伝えることに情熱がある方なのだろう。

 

今回はリリースされたアルバム「愛のよろこびは」の収録曲を中心にした22曲のラインナップである。前半はシューマン「献呈」に始まり、プーランク「美しき青春」、アーン「クロリスに」などタイトル曲のマルティーニ「愛のよろこびは」までラブソングで構成。後半はマーラー「原光~交響曲第2番“復活”」や木下牧子、加藤昌則の日本人作曲家による歌曲を披露。随所に3大アヴェ・マリアだけではなくサン=サーンス、ロレンツ版を加えて、それぞれの祈りの神聖さを味あわせてくれた。

 

この日藤木さんは、歌への献身を感じさせる冷静な佇まいで歌った。個人的にシューマンが好きで、なかでも「はすの花」はピアノの松本和将さんとの見事な一体感で、夢幻的で切ない情感をやわらかく歌いあげて胸がキリキリした。アーン「クロリスに」もそうだが、美しい詩に美しいメロディーをつけてつくられた世界に、歌手が命をふきこめれば眼前にそれが立ちあがるのだ。たとえ聴き手が原語をよくわからなかったとしても。きっと藤木さんが詩を大切に歌われているからこそ伝わる。

 

カウンターテナーが歌うのは珍しいというマーラーの「原光~交響曲第2番“復活”」も、タロットカード「20審判」の、神とつながりたい人間の祈りが心に沁みいった。また「鴎」(作詞 三好達治 作曲 木下牧子)で「つひに自由は彼らのものだ~」とある種の凄みを感じさせる解きはなたれたような歌唱を目のあたりにして、藤木さんが出演されるオペラを見てみたいと思った。

 

昨年ウィーン国立歌劇場にデビューして大注目されているわけだが、エリートコースを歩みつつも、海外で自分の席を得るまではやはり相当努力されている。日本でオペラの裏方までやり、ビジネスを学ぶためにウィーンの大学院にいき、その間も自分を磨き続けて、各国のオーデションを受けまくってどんな小さなチャンスも逃さない。歌に全身全霊を注いでいるのだ。

 

アンコールの最後には、初演から今年で200年を迎える「きよしこの夜」を藤木さんが原詩で歌い、途中からご本人のジェスチャーに従ってみんなで合唱した。「もしも歌がなかったら」、あなたと出会えなかっただろうと思いながら、美しい響きをかみしめた夜になった。

 

(プログラム)
シューマン「献呈」
シューベルトアヴェ・マリア
シューマン「はすの花」
ブラームス「永遠の愛について」
バッハ/グノー「アヴェ・マリア
アーン「クロリスに」
プーランク「美しき青春」
サン=サーンスアヴェ・マリア
トスティ「理想の人」
マルティーニ「愛のよろこびは」

バーンスタイン「シンプルソング~『ミサ』」
マーラー「原光~交響曲第2番“復活”」
ヴォーン・ウィリアムズリュートを弾くオルフェウス
カッチーニ ヴァヴィロフ(ワキマル・ジュンイチ編)「アヴェ・マリア
木下牧子「おんがく」
木下牧子「鴎」
ロレンツ「アヴェ・マリア
加藤昌則「サンクタ・マリア」
加藤昌則(宮本益光詞)「もしも歌がなかったら」
R.シュトラウス「明日!」
モーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」