インタビュー04:絵本作家・画家・イラストレーター 高橋祐次さん 普通にみえて普通じゃない 見る人の想像をかきたてる世界を描きたい
今回は画家・倉田明佳さんのご紹介で、この夏予定されている個展やグループ展に向けて、作品づくりにいそしむ高橋祐次さんのご自宅を訪ねた。室内は若い男性の一人暮らしらしく雑然とした雰囲気だが、作業されている部屋に入って思わず「わぁ」と声が弾んだ。すぐ手前にある傾斜がついたローテーブルの上に、今まさに描いている途中の下絵があった。
脇の棚にはペーパーや細々した小物類のほかに、「月と6ペンス」といった小説の文庫本や安野光雅さんの絵本シリーズなどが並ぶ。柴犬と亀のフィギュアはペット代わりか。床一面にコルクシートが敷かれて絵の具などで汚れてもいいようにしてあり、何枚かの作品用の板が立てかけられ、たくさんの材料や道具が点在している。有孔ボードが取りつけられた壁には、個展に出展する新作が1点飾られていた。高橋さんのクリエイティブな情熱が充満した部屋で、絵本作家、画家、イラストレーターとして活躍する彼に作品制作を中心に話をうかがった。
―今描いているのは展覧会に出される絵ですか
夏の個展と同じくらいの時期にあるグループ展に出すためのものです。今年は月2回くらいのペースでグループ展があって個展は3回ですね。年明けにやってあと8月、12月に予定されています。
1月末からやった(伊勢丹浦和店での)個展は、初めての方がたくさんいらっしゃってくれたみたいで。僕の作品を買ってくれるのはどちらかといえば男性ですね。ゲームのステージのようだといわれることが多くて。僕自身はゲームをほとんどやらないんですけど。絵を描くうえで、どういう世界でどんな建物があって、僕がよく描く気球が飛んでいるのは普通のことで…というような設定からつくっていくので、ゲームづくりに通じる部分はあるのかもしれません。
―街の風景シリーズが今の代表作になっています。この世界観はどうやって生まれたのでしょうか
大学の卒業制作で子供から大人までいろんな年代の人が楽しめる絵本を4冊つくりまして、一番大人向けの「横断歩道」から始まった感じはありますね。文字はいっさい入っていません。ドライバーが赤信号を待っている目線で、その短い時間に横断歩道を変な生き物がひたすら通っていくという内容で。見る人の想像をかきたてるものをいっぱい盛りこんでいるのが、今描いている絵にもつながっている部分ですね。
着想は昔からよく聴いていて好きだったミスチルの「横断歩道を渡る人たち」という歌からです。構図とか設定はシンプルだけど、そこから膨らませたらおもしろそうだなと思って、ファンタジー色を強くして絵本をつくりました。ちょっと異質な街にするための塩梅に苦労した記憶があります。改めてみてみると、家や気球のモチーフもこの時から描いていますね。
―かなりおかしな目を疑うような光景ですが
人間がいて、人間じゃないものがいて、どちらかわからないものがいて、個々がどうこうというより全体としていろんなものがいるということが、ここでは大切で。たとえば木が歩いているとかおかしいですけど、何が普通で何が普通でないかの判別は、結局その人の主観によると思います。自分にとっての普通や、見えている世界がすべてじゃないということをこの絵本では描きたかったんです。
―最初から絵本作家を目指していたのですか
入学当初は漫画家になるためにイラストを勉強するつもりでいて。イラストレーションコースの課題で絵本制作をしてから、絵本作家に切り替わりましたね。もともとストーリーをつくるのが好きだったので、必ずしも漫画でなくてもいいことに気づいたんです。
初めて作ったのは「博士の家」という絵本です。家の顔をしたようなキャラクターに悪ガキ兄弟が絡むのですけど、博士が箱庭でやっていた出来事だったという結末のシーンを描きたくて、そこにつなげるための話を考えました。
―子供をターゲットにした絵本「山びこくん」(文芸社刊)を出版されていますが、「博士の家」「横断歩道」は大人が読んでも楽しめる作品ですよね
本当はそういうものがつくりたいのだと思います。今は結構子ども向けに描くことが多いのですが、ゆくゆくは…。
―漫画家を目指していた期間はどのくらいあるのですか
小学生の頃に「ONE PIECE」が大好きになって、その模写から始まって絵を描くようになり、物語を勝手に想像したりするようになりました。漫画の投稿をしだしたのは高校生からです。思い返してみれば小さい頃からコピー用紙に落書きみたいな漫画を描いていた記憶があります。
最初は美大に行く気はなくて、一般の大学に通いながら漫画を描くつもりでいたのですけど、受験ギリギリになって変更して。予備校に通う時間もなく受けたなかで、横浜美術大学に受かった感じです。イラストレーションコースがある美大は少ないので、僕のまわりにも何人か漫画家志望はいましたね。
―その後、藝大大学院のデザイン専攻に進まれています
藝大の大学院出身の先生方が横浜美大に教えにこられていて、その先生から勧められて行ってみようかなと。違う学校の雰囲気に触れてみたい気持ちもあって。大学院に行って展示と販売をする絵画の世界に入って、自分のなかで広がりができたことは大きかったですね。絵画も、絵本も、イラストもやりたくて、どこであろうが自分が描きたいものは全部同じかもしれない。そう気づけたこともよかったと思います。
―院生のときに日本橋三越でやった研究室の展示作品は物語性を感じさせるものでした。絵画、絵本、イラスト、それぞれの様式と表現がありますが、どういう意識でつくられているのですか
展示する絵は自分のなかで設定とある程度の物語をつくっているので、その1カットという感じです。自分の考えたストーリーと見た人が想像するストーリーは全然違っていいと思っています。想像する場を提供するという意識が強いというか。絵本のときは物語をより理解してもらいやすい絵作りになりますね。たとえば絵本で緩急をつけるために登場人物を小さく描いた場面があったとして、それを絵画、イラストにしようとしても弱いときがあります。どういう絵を描くかの考え方は、それぞれ微妙に違ってきますね。
―ほかにも断崖絶壁や地中にある街といったおもしろい設定をされますよね
日本で暮らしていると変わった地形とか変わった暮らしに見えるかもしれないけど、そこに暮らしている人にとっては普通かもしれないし、実は普通じゃないと思っているのかもしれない。絶対的ではない世界を描きたいんです。
―元々建物がお好きだそうですが、街を描くにあたって参考にされたことは
学生時代に行ったスペイン・ミハスの街は印象に残っています。街のすべての建物の壁が真っ白で統一感があって、それは強い日差しを反射させて熱を籠らせないためなんですよね。それまでは単に見栄えだけで絵を描いていたのが、設定に則った配色を意識するきっかけになりました。出来ているときと出来ていないときがありますけど、なぜこの色なのかを説明できるように描いていきたいなと。
あとはサクラダファミリアが普通の街並みのなかにあるのを見て、気づいたこともありました。自分が絵を描くとすると、建物を目立たせるために周りには何も描かなかったりしそうですけど、そうではない街の在り方とか、自分では思いつかないようなことを見られたのがよかったですね。
―大学院の修了制作では絵と絵本のセットでつくられていますね
絵は3mくらいあって、この絵の世界に入ったときにどんな景色がみえるかを描いて絵本にしています。大学、大学院のそれぞれで学んだことを融合させた形で作品を発表したかったんです。
ざっくりいうと、気球の家が街に降りたっていろいろな場所を訪ねていくというストーリーで。家が気球で飛んでいる絵柄は、今とは違うタッチですけど学部の頃に描いたホテルの客室画が最初ですね。その時に設けられていたテーマが「旅する箱」とかそんな感じで。家ってその人にとってくつろげる箱みたいなもので、ホテルの部屋が同じような空間であればいいなという思いで描いたものです。僕の絵と合致しているテーマですし、それ以来ずっと気にいって描いています。
―当時から簡略化されてより高橋さんらしい絵柄ですよね。気球もちょっとうちわっぽくてかわいいです
うちわ…(苦笑)それは初めて聞きました。
―今後絵と絵本のセットで展示ができたらおもしろいですね
そうですね。そういう機会がいただければぜひやってみたいです。いわゆる子ども向けではない絵本を出すのは、今の日本ではむずかしいので。子どもも大人も楽しめる絵本を出すのが目標ですね。絵本は絵画とイラストの中間にある気がしていて、自分のそれぞれの活動を包括したものをつくりたいです。
―あの、壁に個展用の作品が1点飾ってありますが、砂の質感がいい味わいですね
もともとざらついた感触が好きで、絵本やイラストもそんな感じでつくっていて。大学院で絵画をやり始めて絵を目の前にしたときに、もっと砂感があったほうがいい、その方が楽しんでもらえそうだなと思って砂を使いだしました。
セラミックスタッコがベースになっていて、これに貝殻の粉末やいろいろ3~4種類を混ぜるときもありますし。毎回目分量でやっています。何度もやるうちに砂の特徴が少しずつわかってくるので、自分の描きたい絵にあわせて、ちょっとだけキラキラする砂を使うとか調整する感じで。
塗っているときの色と、乾いてからの色が微妙に変わるのでそこら辺の計算も必要になりますね。乾くのに時間がかかりますけど、2~3作品を平行してつくるので待っている間に別の作業をするとか、メリハリがつけやすくて飽きずにできるのがいいです。
―8月の個展はどんなものに?
見知らぬ国で起こる出来事の絵を展示します。俯瞰した様な画面には、その出来事はとても小さく映ります。断片的なことしか知ることはできませんが、見た方の想像をかきたてられる様な物語を描けたらと思います。
高橋祐次(たかはしゆうじ)プロフィール
1993年愛知県生まれ。横浜美術大学イラストレーションコース卒業。東京藝術大学大学院 美術研究科 デザイン専攻 描画装飾研究室修了。個展「空はどこだ」(新生堂@表参道8/22〜9/6) グループ展「アートのチカラ選抜展」(新宿伊勢丹8/21〜8/27)、個展(名古屋松坂屋12/11〜12/16)が予定されている