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アーティストをたずねて ほか

インタビュー03:画家・倉田明佳さん デザイン科出身の画家が伝えたいのは、いろいろな心を抱える人間の昇華された美しい姿

東京藝大の取手キャンパスの正門をくぐり緑豊かな敷地内を歩いて10分ほど、美術学部の専門教育棟が見えてくる。平日は校舎前までバスが通っているが、土日は藝大前のルートに変わるのだ。日本画家・佐久間友香さんのご紹介で、今春から大学の助手を務めているという画家・倉田明佳さんを訪ねてやってきた。

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入口付近のロダンの「バルザック像」ほか石膏像を横目に通り過ぎて、薄暗い建物内を教えられた番号の部屋を探していく。研究室のドアを開けて笑顔の倉田さんが迎えてくれたのは、20畳以上ありそうな広々としたアトリエ。大きな窓から自然光が差しこみ、左側に大きな長テーブル、右側にカーペットが敷かれソファー2台に、作業するためのデスク、壁際に倉田さんの絵が4枚並べられている。ドアそばに古い冷蔵庫と棚、奥にはガスコンロがあって、籠って制作するのにぴったりの環境だ。部外者も謎の創作意欲がわく、テンションがあがる空間で、倉田さんの絵の前にふたりで座りこんでお話をうかがった。

 

<自分の意図が伝わる絵のあり方を企む>

―倉田さんは人物画を描かれていますけど、大学も院もデザイン専攻なんですよね?

いろんなアートの形があるなかで、それぞれコンセプトや大事にしていることはわかりますけど、たまに見ている人を置いてけぼりにしている作品があるなと感じるときがあって。私はデザインのなかで勉強してきた視覚伝達を大事にして、相手にどう伝えるか、伝わるのかを考えながら絵を描きたいと思っています。そのための構図、色とか形、比率とか伝えるための方法や手段がいろいろあります。ファインアートの領域の人たちとは違う仕掛け方で表現を考えられるのは、デザインを学んできた部分があるからです。


―伝える優先順位で絵をつくっていくんですね

グラフィックデザインの勉強の一つに、いらないものはそぎ落としていって必要なものだけを描くことがあります。美術の予備校に通っているときからですね。画面のなかの比率をきちんと決める、絵の角をちゃんと揃えてあげる、画面の何対何の部分に顔が欲しいとか、そういう風に仕掛けていくわけです。たとえばこの絵の女性は、眼の端までギリギリ切ろうと思っていて。最近人物画が多いですけど、余白をたくさんとったり、あまり顔は切らないという傾向があるなかで、自分は伝えたいものがあるなら切りますし、大きく入れますね。

 

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―コミュニケーションがあるということですね

アートとデザインの違いって人によっていろいろな言われ方をしますけど、自分はまったく違うとは思いません。生きている限り他人がいて、その人たちに見てもらってどう思われるか、どう伝わるかっていうことは大事で、やはり相手がいることだなと。

今大学院の描画研究室を中心に助手をやっていて、先週はデザインプロジェクトの提携がある長野県の伊那市へ取材にいってどういうことができるかを皆で考えました。学生が主体なのでサポートする感じですけど。押元先生もいってらしたんですけど、ひとりで絵を描いているのではなくて、人と関わることでものの見え方も変わったりするからそういう繋がりを大事にしたいよねという話をしていて。もともと人と関わることは好きなので楽しくやっています。


<自分にとってのリアルとは何か?>

―この絵の女性は全員お友達ということですが

大学1、2年頃は絵を描くのは好きだけど、作品となると何を自分で表現したいか、何をテーマに描いたらいいのかがわからなかったんですよ。たまたま2年の時に素描展でおじいちゃんを描く機会があって。そのときの自分のテクニックでできる限りのことはできても、おじいちゃんの心象描写ができないことに気づきました。

これまでちゃんと話をしてきたかというとたぶんそうじゃなかったし、おじいちゃんの人生も知らないし、わからないことが多いなって。人の顔を描く限り心象描写は必要となったときに、近くにいて何でも話せる友達に目がいきました。基本的に美大の子を描いていて、20代特有の感情とか、同じ世代で女性を描くことで感じてきた共通の何かがあるので、これなら私もわかると思ったのがきっかけですね。

 

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―ゆとり世代ですかね。周囲から「ゆとりだから」っていわれたりして

はい、言われて。みんな同じ感覚で生きているところがあってそれが面白いと思ったし、同世代の美大の女友達を描くという目線は自分にしかできないことでもあるのかなって。自分よりずっと上の世代や下の世代になると、きっとその人たちのことがわからない面もでてくる気がするんですよね。大学3年のときに名古屋地裁で法廷スケッチのバイトをしていて、無表情の被告人を描きながら人ってわからないという思いを強くしたことがあって、自分がわかるリアルを描こう、それが根本だなと。


―お友達の4名はそれぞれの魅力がでていますね

テレビ局勤務、CGアニメーター、漫画家、日本画家ですね。マスクの彼女は自分の気持ちを隠している感じを表したり、日本画家の彼女は影を主体とした作品描いているのでそれに合わせたイメージにしています。

 

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―肌の質感が美しいですね

透明感がほしくて昔から試行錯誤をしていました。画用紙、マットサンダースといった紙のときはパステルを使ったりしていましたけど、大学院で絹地にしてからはアクリルガッシュと墨だけで。あまりコテコテさせないでフラットですっと抜けていくような感じは、自分の絵の表現にふさわしいと思います。見ている人を疲れさせないというのも大事にしている点です。

 

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―人物の魅力が伝わる表情や構図はどう決めているんですか

最初の頃はみんなで大学でいっしょに過ごしていたので、ふと見ていいなと思ったときに、写真を撮らせてもらったり、こういうスケッチを描いていたりして。(手帳を見せてくれる)肌がきれいな友達の冬に上気した人肌感のある顔とか、眼が魅力的な友達の優しいんだけど悪い女にもみえる表情とか。そのうち自分がこうしたいというイメージがでてきて、それを見せて友達にポーズをとってもらうようになって。イメージは歌詞や俳句や短歌から思いおこされたものを描くこともあります。俳句や短歌は短い言葉で情景を表しているので、絵でも同じことを考えるようになりましたね。


―俳句や短歌が好きになったきっかけというのは

大学2年のときの「文字のデザイン」という課題に取り組んだときに、図書館で俳句や短歌をたくさん調べました。復本一郎さんの「俳句とエロス」という本を借りてフォントのデザインをしましたけど、昔から結構エロティックなものがたくさんあって面白かったです。

短歌で好きなのは俵万智さんの「サラダ記念日」です。「今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海」は、美しさの表現が素敵です。「たっぷりと君に抱かれているようなグリンのセーター着て冬になる」は、個人的なことだけど多くの人の共感を得られるもので自分も絵で同じことをしたいと思わせてくれました。


―このイカをもった女性、面白いですね

 

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これは友達の部屋の畳の上でポーズをとってもらいました。私の寝間着を着てもらって、スーパーで買ってきたイカを手にしてもらって(笑)色っぽい感じとか透明感から、イカかなと。うーん、思いつきなんですよね。普段からメモ帳はいつも持ち歩いていて、ハッと思いついたらすぐ書くようにしています。絵だったり言葉だったり。疑問に思ったことも書きこんで。

昔10年くらいヴァイオリンをやっていて、小学生のときに先生に楽譜の#と♭を好きな色2色で塗りわけなさいといわれて、ピンクとオレンジで塗ったら、同じ色だからとピンクとブルーにさせられたことにいまだに納得がいっていなくて(笑)そんな些細なことから、ブルーな気持ちってなぜブルー? ほかに色はないのかと探っていくうちに諺にたどりついたり。


―当たり前に思えることを疑っていかないと、いろんなものを見落としそうですよね

そうなんです。そうでないと日常のなかでいろんなことを流していってしまうので、できるだけどんな些細なことでも書くようにしています。絵がうまい人はいくらでもいるし、自分が描くべき題材、テーマというのを探しだしてそれを描くためにも日々考えないといけないなと。

 

<自分の価値観をもっていい顔で生きている人を描きたい>

―高知麻紙を使った卒業制作の作品の女性が印象的です

 

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「影をひそめて」

イラストをやっている子なんです。彼女も私もそうですし、誰しも表面からはわからないしんどいことっていろいろありますよね。やり場のない哀しみとか苦しさを抱えている。それでも頑張っている姿が素敵だと感じるから、絵にしたときに綺麗なものとして昇華したくて。最初はもっと柔らかい感じだったんですけど、挑発的な眼差しに変えて。映画や小説でも単純にハッピーなだけではそんなに面白くないし、何かスパイスがあったほうが人間面白いし魅力がある。「影をひそめて」というタイトルもそういう意味をこめてつけました。


―院の卒業制作の作品も吸引力がありますよね。「自分に還る」というテーマはどこから?

 

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「When Icame back myself」

今の時代はSNSのおかげで、皆がクリエイティブな活動ができるようになって、絵を描いている人もモノをつくる人も多くて、イベントもたくさんありますよね。そうなったときに他人の価値観に流されやすくなっているというか、「それ自分の意見?」と思うようなことも多々あって。個人的には皆がいいといっているものをそう思わないこともあるし、逆にダメといわれているものをいいと思うこともあります。

実はいいものがあまり認められていなくて、みんなが同じ方向へ流れている現状に「あなたは自分の価値観でちゃんと評価していますか?」ということを問いかけたかったんです。日本人は特に自分がいいと思うものをちゃんと評価したほうがいいんじゃないかって。

自分の友達がなぜ魅力的なのか?を考えたときに、自分の価値観をちゃんと持っている人たちで、そういう人たちの顔ってやはり魅力があるんですよ。だから自分なりのものを見つければ、誰でももっといい顔になるんじゃないかなと。いろんなレイヤーのなかで自分の顔を見つけたときに、よくなるんじゃないのっていう。


―その投げかけを伝える絵をつくられていったわけですね

どういう人間の顔で、どういう服で、色遣いで、どういう状況にしようかを考えて。名古屋に帰って友達を連れて栄の床が光っている広場に出かけて。晴れた日だったんですけど、友達に傘をさしてもらって上から水をばちゃばちゃかけて、床の透明な光や傘の透明な光、水の透け具合で、感情のレイヤーみたいなのを作りたかったんです。大学院で絹を使い始めたので絹でできる透明感、今までやってきた構図とかを含めて集大成にしたいなと思って。


―思考から絵への具現化というのは

あまり深くは考えないんですけど、根本で考えていることと閃いたことがパっとつながったら出来る感じがいつもあって。床が光っていたので、しゃがんだほうが光の印象がきれいだからこうしようみたいな。やはり現場が大事だと思うので、取材とか自分の足でちゃんと行くということを大事にしてますね。最初は想像でいいけど、自分の絵に説得力をもたせるためにも。そのときは友達といろんなところへ行ったり、公園に連れまわしたり、納得いくまでやっています。


―いつから画家になろうと?

最初は音楽が好きで音楽家になろうと思っていたんですよ。中学生のときに絵を描いていたら周りの子が褒めてくれたのがうれしくて、それでネットにもあげ始めたのですけど。自分の想像で描いたマンガチックな女の子の絵です。そうしたら知らない人からもどんどん反応があって、もう夢中になってどんどん描くようになって。勉強も嫌いじゃなかったんですけど、小学生の頃から「一生死ぬまで出来る仕事がほしい」と思っていたから、絵だったら一生できると。

ただそれでどうやってご飯を食べていくかが全く想像できなくて、高校2年の頃までは美大に行く気はありませんでした。でも一般の大学の説明会をきいても全くピンとこなくて、それでやっと美大にいこうと腹をくくれた感じでした。今となってみれば何とかなるものだなとは思いますけど…(笑)


―絵を描いているときに音楽を聴きますか

基本的に静かな場所では描かずに、音楽でもラジオでも何かを流していたくて。だから絵をみると、どの箇所でどの音楽を聴いていたかを言えるんです(笑)大体ノリノリの楽しい曲が多いんですけど、院卒の作品のときには「オールナイトニッポン」を聞いていて、(指さしながら)ここはオードリー、ここは岡村隆史さんですね。長時間集中するのは難しいので、ラジオから人の声や音楽が聞こえていたほうが気分的に落ちつくんですよね。


―どなたかほかの画家の影響を受けたというのは

好きな画家さんはいますけどそういう方は特にいなくて、私の場合は友だちから影響を受けているので。自分で表現したいもの、伝えたいものがあって、学校や予備校で学んだ技術でどうやってそれを見せていくかっていうことだけですね。


―描きたいものがあるのは強いですね

そうですね、ブレないですし。学校のデザインの課題をやっていても、形がどうこうよりも人間の関係性に興味があって、昔から小説を読むのも好きだったし、振り返ってみると一貫して同じことを考えていて。だから自分が描きたいものが見つかるまでは、本当に一年くらい必死で考えたんですよ。面白いと思っていることとか、とにかく色んなことを書きだして。好きな画家の作品を全部出してその理由を考えてから、次に自分と共通する部分と違う部分は何かを考えて、それを踏まえてじゃあどんなものをつくっていこうかとか。

絵だけじゃなくて課題でも、作品をつくったあとに反省ノートはつけていて。このときにどういう考えで何が大事と思っていたか、その表現の何がダメだったかということを書いてました。やりたいことが見つかってからはまた別の角度から書くようにして。そういうことをやっていてよかったですね。コツコツ積みあげ型ですし、自分はやはりデザイン科で正解だったとすごく思いますね。


―今後も友達を描いていきますか

自分でもまだわからなくて。男性は描かないの?といわれるけど、男の友達を描こうと写真をとっても作品のイメージがわかなかったり、話していても共感できない部分も多かったりして難しいですね。今のところ、知っている人じゃないと、あまり…。たまにすごく綺麗な女性がいるから描いてくれないかといわれたりして、そういうことじゃないんだと。イラストなら描けるかもしれないけど…。これから自分が年を重ねて、周りも年を重ねていくから、そうしたらまた変わっていくと思います。

意図してちゃんと描き始めたのが大学3年とすると、まだ5年くらいしかやっていないんだなと。おばあちゃんになるまで描いていくぞと思ってます。そのときも孫が寄ってきても追い払うくらい熱中しているかもしれません。


―ところで、転機になったおじいちゃんは御存命ですか

遺影を描いてほしいっていってます(笑)またおじいちゃんを描いてみたいし、そのためにもちょっと実家に戻らないと、と思っています(笑)


倉田明佳(くらたあきか)プロフィール

 

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1992年愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻首席卒業。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。現在同大学にて助手を務める。グループ展「波音の会」@日本橋三越美術サロン(6/26~7/1)、グループ展「30の顔」@日本橋REIJINSHA GALLERY(7/12~8/2)、愛知県立芸術大学出身画家グループ展@台湾 金魚空間(10/5~11/10)、個展@表参道 新生堂(12/5~12/20)に出展予定。