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アーティストをたずねて ほか

インタビュー01 現代美術家・陶芸家 村上仁美さん 彫刻×陶芸の技術を融合させて独自の女性像をつくる新鋭

2月中旬に渋谷・Bunkamuraギャラリーで開催されたグループ展「アリス幻想奇譚2019-アリスとファンタジーの普遍的概念」に村上仁美さんを訪ねた。ルイス・キャロルの世界的名作「不思議の国のアリス」の少女アリスを題材にしたアーティスト30人による作品展。村上さんは、うさぎを追って暗い穴におちる瞬間のアリスの下半身をモチーフにしたティーカップ、自らの内にある幻想世界に迷いこんだアリスの像「Wonderland in Alice」を出展されていた。

 

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(C)NagareTanaka

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(C)NagareTanaka


この2作品に村上仁美という作家の興味関心、テーマがわかりやすく表れていると感じた。1月に人形作家・清水真理さんとの2人展「マリアの閉ざされた庭」での作品も拝見したが、大地母神のイメージと生死の器としての女性を、深層心理に着目するかたちで造形しているのである。

 

アリスの作品について、精神分析フロイトの指摘するところも含めて女性は一目みて感覚的にわかるのではないだろうか。広大な無意識に翻弄され時空に引きさかれる女性の劇的なポーズ、全身の粒々、口からもあふれでる世界という“リアル”さに見入ってしまう。

 

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(C)NagareTanaka

 

村上さんは作品についてこう語ってくれた。「アリスの空想の世界は内的事実の物語だとすると、秩序のない奇妙奇天烈なおそろしい世界というのは、本来どなたも持っているものじゃないかと思います。病んだ女王がいる国という設定は聖杯伝説につながるものを感じますし、無垢な少女にみえるアリスの内界の怖さを表現しました。私はユングに興味があります。深層心理の言及につながる解釈で自分の作品をつくっているので、今回のアリスはうまくハマった気がしますね」

 

腹部の空洞については、あえて暗くして見えにくくしているという。ティーカップにも表れる穴、空洞は村上作品において大きなテーマになっている。それは後述するとして、村上さんはろくろを回す際にできるスカートのような襞で何かをつくりたいと思っていたそうで、今回のティーカップ制作にそれが活かせてうれしそうだった。

 

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(C)NagareTanaka

 

◇人形をつくって少女時代の自分と決別 美術家を志す

村上さんはどのようにして作家になったのだろうか。とても印象深いエピソードがある。現在は美術教師をやっている姉と同じ美術高校に進学した彼女は、ある日美容院で切った自分の髪の毛を使って球体関節人形をつくった。これは思春期特有の葛藤や怒りをもっていたピュアな自分自身を残すためであったという。記念碑的作品であり、おとなになるため、美術家になるための通過儀礼だったと彼女はふりかえる。


「Phallic girl」は同じく少女時代の自分をモデルにしているが、プロ目線からつくられたものであり、村上さんは作品にこめられた思いをこう語る。「少女の私は今の私をみてどう思っているのか?彼女は根が生えて動けないけれど、その眼差しは私を追いかけてくる。過去の美意識にはそぐわないであろう自分を見ている、もうひとりの自分への恐怖があります」感性の鋭さと自分を見すえる強さを感じさせる発言だが、私たちにも程度の差こそあれ作家と同じ思いはどこかありはしないだろうか。

 

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Phallic girl (C)NagareTanaka

 

樹木が根をはる大地は大地母神的なイメージを重ねあわせやすい。ユングがいうところの母なる元型グレートマザーは、産み育てる肯定的な面と、すべてをのみこんで死に至らしめる否定的な面をもつ。村上さんはそうした母性の重苦しさへの反発や愛着を明かしつつ、「(母性のイメージとつながる)大地と暗く、重く結ばれた火は、天上にむかう意思であるとユング夫人はいっていて、私が創作する理由、その先に高い理想を抱く意志がこのイメージと重なります」と力強くいう。

 

着想のヒントになったのは、シュルリアスムの画家ポール・デルヴォーの絵画群だという。詩人アンドレ・ブルトンらによって提唱された20世紀の文芸・美術思想のシュルレアリスムは、フロイト精神分析理論に影響をうけ、夢や無意識、狂気、偶然などに注目してそれらを表面化することで精神を解放し、人間の全体性を回復しようとするものだ。美術ではルドン、ダリ、マグリットジャコメッティら、文学ではボードレールランボーアラゴンら有名であり、それぞれ独創的な表現で魅了する。

 

村上さんは大学院まで彫刻を学び、さらには窯業高校で陶器制作を学ぶことによって、空洞に象徴される生死の器としての女性を造形する独自の作風を見出した。「器としての少女」「風穴のトルソ」「Hortus Conclusus」は虚に対するアプローチを行い、見事表現として結実したものである。

 

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器としての少女

 

「陶芸では器をつくるとき、当然ですが空洞が必要になります。全部つまっていたのではダメなわけですよね。制作をつづけているうちに気づいたのです。自分自身の体の一部のようなものを捨てることは苦しみや痛みを伴い、できればそうしたくはないけれど、そうすることによって風通しがよくなる。その時々で自分に風穴をあけたり、また何かに根づいたりすることは、とても健やかなことなのだなと」

 

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Hortus Conclusus (C)NagareTanaka

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風穴のトルソ

 

「風穴のトルソ」は、村上さんが私生活の人間関係とその清算においてあじわった痛みや喪失感をもとに制作された。「何かを捨てることで自分がリニューアルされるということは、今まで繰りかえしてきたことであって、この時も大丈夫だなと思えたのです。この原型をもとにして、ほかの作品を作れるということも確信できました」とにこやかに話す。

 
◇女性像をつくるリアリティ

女性像の空洞については、身体機能とともに目に見えない世界とつながる通路のような「巫女性」を表しているともいえないだろうか。村上さんに聞いてみると、実際にそうした理解をする女性も多いという。空洞にはさまざまなテーマが内包され、美術以外のジャンルともつながっていく豊かさを備えている。

 

「自分が女性ということもあって、リアリティのあるものを作ろうとすると女性像になりますね。身近にいる母親の影響を強く受けすぎているところもありますし。それにひきかえ、父親は人間としてよくわからない部分もある存在。男性像をつくりたい気持ちもありますけど、まだ造形するには時期尚早かなと思って」と微笑む。

 

◇膨大な時の流れに耐えうる作品を残したい

今回お話をうかがうきっかけとなったのが、文学研究者Aさんが購入した「温かい土」だ。人面に植物が生い茂りカタツムリや蛇がはいでる優美な神話的な世界は、他の作品同様、ラファエル前派につらなる美意識を感じさせるものである。Aさんはこの作品を目にして、「喪失感を抱えてなお生きる、人間の神秘的な生というものが見事に造形されていて救われる思いがした」と語っている。

 

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温かい土

 

村上さんに作品の意図をきいてみると「諸行無常ということばに表されるような概念的なもの、抽象性のあるものをつくりたい気持ちがあって、自分の個展でチャレンジしてみました」という回答が返ってきた。技術力や将来性、特異性といった点での評価が大部分を占める美術界において、Aさんのように個人の人生の節目に記念碑的な意味あいで購入される経験は初めてだったという。


「美術家冥利につきます、光栄です」と喜びながら、「自分にあったはずのものを外にみつけたということで、買って手元においてくださっている方が、作家の私より実は作品のことを一番よくご存じなんじゃないかと思います。本当の意味で、自分の手から離れた気がしますね」と話す。もともと買われていった自分の作品に対して執着がないタイプだという。「いつか全部の作品を自分で買いもどしたい」と思っている内省的な作家もいるとのことだが、「私はそういうのは全然なくて…」と笑う。

 

だが村上さんにもセンチメンタルな気持ちはある。それを聞いてシビレた。「自分としては500年先にも残るものをつくれたならと願っています。美術館のコレクションに入ったならそれは可能かもしれないし、誰かが大切に持ってくださることによって時間の残酷さを耐えることもできるかもしれない。だから、そうなるかもしれない作品とこれだけの期間しかいっしょに過ごせなかったという風には思ってしまいますね」と真面目にいう。

 

そして目を輝かせながら続ける。「根源的に自分がめざしている先のことが見えていたのが、縄文時代の人たちじゃないかと思っています。私は装飾性が特徴になる縄文の系譜にいると思うし、土偶(女性像)に象徴されるようなプリミティブなことをやりたいんじゃないかと。縄文人がつくったものが万の時を超えて残っていて、私はそうした過去の歴史に対してどういうアンサーができるのか?私がつくったものは何万年も先の未来からどんなアンサーが帰ってくるのか?それに値する仕事ができるのか?そう考えるとおもしろいことをやっていると思うし、美術家ってロマンのある職業ですよね」

 

膨大な時間に耐えうる作品を残すためには、千、万単位で作品をつくらねばならないという。「それができたら、やるだけのことはやったと思える」と話す村上さんは、見た目からは測りしれないパワーを秘めた女性なのである。か、かっこいい…。

 

冒頭で紹介した、村上さんがつくられたアリスのティーカップSNSで話題になったことをきっかけに、量産品として作品を発表すること検討しているとのこと。「美術家として量産品を自分で手がけるのは懸念もあるけど、私と同じ夢をみてくれる当事者が増えてほしいなという思いもあります。私の作品を気にいってくれた方たちに喜んでいただけたら何よりです。アリスをテーマにした連作も次回秋の個展に出展予定です。」


村上仁美(むらかみひとみ)プロフィール

 

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(C)RiichiYamaguchi

1990年大阪府生まれ。愛知県立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業 大学院美術研究科彫刻領域修了。愛知県立瀬戸窯業高等学校セラミック陶芸専攻科卒業。2015年度ミスせとものクイーンの称号を持つ。今後が期待される若手の注目作家である。